約 1,012,692 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2046.html
アルビオンで王党派が敗北したその日のうちに、ニューカッスル落城の知らせがトリステインに届けられた。 当時、アンリエッタに近づくことすら許されなかったアニエスは、王族が用いるユニコーンの警備を任されていた。 そこに、息を切らせて走ってくる者がいた、女王に即位する前の、お姫様だった頃のアンリエッタだ。 足を泥だらけにして、アンリエッタが血相を変えて走り寄ってくるのだ、アニエスでなくても驚いたことだろう。 「姫殿下!?」 「はあっ、はぁ、ユニコーンを!ユニコーンを出しなさい!」 アニエスは、アンリエッタを落ち着かせようとして、扉の前に立ちはだかった。 「殿下、姫様、落ち着いて下さい!」 「どきなさい!アルビオンに、アルビオンに行くの!」 アニエスは、思もしない力で突き飛ばされ、しりもちをついた。 その隙にアンリエッタは『アンロック』で鎖のついた鍵を開け、かんぬきを魔法で持ち上げて地面に投げ捨てた。 ギィ…と音を立て、重厚な扉が開かれる、藁束の上に座っているユニコーンを見つけると、アンリエッタはその背に飛び乗った。 「立って!…どうしたの!立ちなさい!…どうして、どうしてなのですか…どうして私の言うことを聞いてくれないの……!」 ユニコーンはアンリエッタを背に乗せても、黙って座り込んだまま微動だにしなかった。 まるでアンリエッタの愚行を諭すように、沈黙を保っていた。 王党派の敗北を聞いたからといって、ココまで取り乱すのは余程の理由があるのだろう。 そう考えたアニエスはある点に思い当たった、確かウェールズ皇太子はアンリエッタの従兄弟に当たるはずだ。 肉親としての情がアンリエッタを取り乱させたのだろうか? いや、きっとそれ以上に強い『情』があったのだ、殺された恋人の敵討ちをする女傭兵がいたと聞いたことがある。 アニエスはアンリエッタを見て、内心でほくそ笑んだ。 もしかしたら『いい気味だ』と思っていたかもしれない。 「姫殿下、どうか心を静めて下さ…」 泣き崩れたアンリエッタに近づき、アニエスが手をさしのべた、だがその手を切り裂くようなアンリエッタの視線に射抜かれ、アニエスは呼吸を忘れ体を硬直させた。 まるで自分以外の全てを恨むような、復讐者の目つき……アニエスはたじろぎつつも、アンリエッタに手を伸ばした。 アンリエッタはアニエスから視線を外すと、アニエスの手を掴んでユニコーンの背から降りた。 「…心配をかけてしまいました、貴方の名をお聞かせ下さるかしら」 アニエスは跪き、自分を卑しい粉ひき娘ミランだと名乗った、それは『姫は卑しい者の手を取った』と、逆説的にアンリエッタを皮肉ろうと思ったからだ。 「まあ、貴方が?噂は聞いておりますわ、とても優秀な方だと聞いております。さ、顔をお上げになって」 「もったいなきお言葉でございます」 アニエスはポーカーフェイスで答えたつもりだが、内心の疑問が表情に出る寸前でもあった。 優秀とはいったいどういうことだろうか、自分はこの宮殿の中で、貴族に好印象など持たれていないはずだ。 「私はただ、建物の前で立ちつくすだけでございますから」 「そんなことはないわ、貴族に嫌われて噂されるんですもの。足を引っ張るばかりの大臣達が、平民一人の噂に踊らされるなんて、なかなかありませんわ。わたくし、一度貴方にお会いしてみたかったのよ」 「噂…でございますか」 アニエスがアンリエッタの顔を見上げた、噂とは何だろう、純粋な疑問だった。 「アニエス、貴方がメイジ殺しだと言うのは、本当ですか?」 「!!!」 おもわず息を呑んだ。 この姫の意図が理解できなかったが、一つだけ直感めいたものを感じた。 それはつまり、恨み、憎しみといった類の物だ。 その後アニエスは、魔法衛士に連れられていくアンリエッタを、跪いて見送った。 アニエスはいけすかない貴族の男から、姫様を危険な目に遭わせるとは何事かと呵られた後、アンリエッタから秘密裏に呼び出しを受け、銃士隊の構想を告げられた。 結局、ウェールズと再会し、死んだと思われていたルイズとも裁可したことで、アンリエッタは急速に精神的なバランスを取り戻したのだろうが… 王党派全滅の知らせは、アンリエッタを短い間だけでも狂気に走らせたのだ。 あの復讐者としての瞳を、自分と同じ狂気に満ちた瞳を、アニエスは忘れられなかった。 場面は変わり『ねずみ取り』の夜。 そうそうたる殿様方の屋敷が並ぶ高級住宅街、その一角にリッシュモンの屋敷がある。 今から二十年近く前に建てられた屋敷で、高級住宅街の中でもひときわ大きく、どれほどの贅を尽くしているのか想像もつかない。 その屋敷を目指して、雨の中馬を走らせる人物がいた、アニエスである。 アニエスはリッシュモンの館に近づくと、正門の前で馬を下り、門を叩いた。 門についた小さな窓が開かれ、中からカンテラを翳した使用人が顔を見せる。 「どなたでしょう?」 「女王陛下の銃士隊、アニエスが参ったとリッシュモン殿にお伝え願います」 「このような時間に、ですか?」 使用人は訝しげに聞き返したが、アニエスは凛とした表情を崩すことなく言い返した。 「急報です。急ぎ取り次ぎをねがいます」 使用人は首をひねりつつ奥へと消えていった、しばらくすると、ゴトンと重い音がして、門の内側でかんぬきが外された。 アニエスは手綱を使用人に預けると、屋敷の中へと歩いていくと、別の使用人が現れてアニエスを暖炉のある居間へと案内した。 しばらく待つと、寝巻きの上にガウンを羽織ったリッシュモンが現れ、テーブルを挟んで向かい側のソファに座った。 「高等法院長を叩き起こすからには、よほどの事件なのだろうな」 アニエスは長い剣をソファに立てかけ、腰に銃を下げているが、リッシュモンはそれを気にせず、アニエスを見下した態度で話しかけた。 「女王陛下と、ウェールズ皇太子殿下が、お消えになりました」 リッシュモンの眉がピクリと動き、僅かに身を乗り出すようにしてアニエスの顔を視る。 「何者かにかどわかされたのか? それとも、皇太子がらみか?」 「現在調査中です」 リッシュモンは自身の顎を右手で撫でると、うーむ、と唸って視線を下げた。 「なるほど大事件だ……。うむ、なるほど。してそれはいつ確認された?」 「女王陛下は本日午後、練兵場を視察されておりましたが、その帰りの馬車から忽然と姿を消してしまいました。ほぼ同じ頃、執務室に書類を届けようとした女官が皇太子殿下の姿がどこにも見えぬと言って、警備兵に問い合わせております」 「当直の護衛は?」 「我ら、銃士隊でございます」 ぎろりと、リッシュモンがアニエスを睨む。 「君たちか、ふん、無能を証明するために新設されたのかね銃士隊は」 女王陛下が誘拐されたというのに、リッシュモンは悠長に皮肉を言って、アニエスを睨んだ。 「汚名をすすぐべく、全力をあげての捜査中であります」 アニエスが怯むことなく言い返すと、リッシュモンは机をドンと叩いて叫んだ。 「だから申し上げたのだ! 剣や銃など、杖の前ではおもちゃに過ぎん! 平民など数だがあっても、一人のメイジの代わりにもならぬ!」 怯えることなくアニエスはリッシュモンを見つめている、一瞬の静寂の後、アニエスは相変わらず落ち着いた口調で呟いた。 「戒厳令の許可を、街道と港の封鎖許可をいただきたく存じます」 リッシュモンが杖を振ると、羊皮紙とペンが手元に飛んできた、リッシュモンは羊皮紙に戒厳令の旨を書き留めるとアニエスに手渡す。 「全力をあげて陛下を捜し出せ!見つからぬ場合は貴様ら銃士隊など、法院の名にかけて全員縛り首だ。そう思え」 羊皮紙を受け取ったアニエスは、退出しようとしてドアのノブに手をかけ、立ち止まった。 「何だ、早く戒厳令を敷かんか」 「閣下は……」 まるで怒りを押し殺すような、僅かに震えた声でアニエスが声を絞り出した。 「二十年前の、〝ダングルテールの虐殺〟は、閣下が立件なさったとか」 「虐殺? ふん、人聞きの悪いことを言うな。アングル地方の平民どもは国家を転覆させんと企てていた、言わば正当な鎮圧任務だ。昔話などあとにしろ」 それを聞くと、アニエスは無言で退出していった。 音もなく閉じた扉を見つめ、なにやら考え事をしていたリッシュモンだったが、何かを思いつくと羊皮紙とペンを再び取り出して、慌てたように何かを記していった。 屋敷の外に出たアニエスが、使用人に預けていた馬を受けとると、馬につけた道具袋の中から黒いローブを取り出した。 極薄になめされた革のローブは、雨をほとんど通さない。 アニエスはローブの中で、慣れた手つきで拳銃に火薬を入れていった。 ふと途中で動きを止め、改めて火薬と撃鉄の動きを確認し、火蓋を閉じてベルトに挟む。 アニエスが用いているのは火打ち石を利用した新式の拳銃であり、今までとは装填にかかる手間が段違いに少ない。 長剣を背負い、戦いの仕度が整うと、アニスは馬に跨って雨の中を進んでいった。 途中、背中の剣がひとりでにカタカタと揺れだして、まるで耳元で囁くような声を出してきた。 『尾行はされてないぜ』 アニエスが背負っているのは、ルイズから預けられたデルフリンガーであった。 『あ、ワルドが近くにいるぜ、たぶんその先の路地に隠れてる』 無言のまま、アニエスは馬を進めていく。 路地の脇を通り過ぎた時、雨が降っているにもかかわらず、足音も立てずに近づく気配があった。 ちらりと脇を視ると、そこには魔法で水を避け、足音をも消しているワルドの姿があった。 「正午から、リッシュモンと、料理人が二人、使用人が一人出入りしている。街の衛兵の動きはこちらの住宅街に伝わっていないようだ」 アニエスにだけ聞こえるよう、ワルドが呟く。 ワルドは昼ごろからリッシュモンの屋敷を見張っていたが、リッシュモンと組んで金を動かしている商人の姿は見えなかったようだ。 「引き続き監視を頼む」 アニエスが小声で呟くと、ワルドは音もなく夜の闇に消えていった。 『しかしまあ、妙なもんだね』 「何がだ」 何かを不思議そうに感じているのか、人間ならため息混じりであろうデルフリンガーの呟きに、アニエスが小声で聞き返した。 『あのプライドの固まりみたいな貴族が、アンタの言うことを聞いてるんだもんよ』 「なりふりを構っていられないのさ、私も、子爵も……」 『そしてリッシュモンも、ってか?』 「だといいがな……」 アニエスは自嘲気味に呟いてから、手綱を強く握りしめて背筋を正した。 目前に迫った復讐の機会を逃すまいとして、気を引き締めたアニエスの表情から、既に笑みが消えていた。 『魅惑の妖精亭』の屋根裏部屋で、アンリエッタ、ルイズ、ウェールズの三人が体を休めていた。 アンリエッタはアニエスの手引きで脱出し、ウェールズはルイズの手引きで王宮を脱出した。 昨日、アニエスから指定された場所で合流すると、アニエスは王宮へと戻っていった。 ルイズはアンリエッタとウェールズを引き連れ、『イリュージョン』を駆使して城下町を移動し、魅惑の妖精亭へとたどり着いたのだ。 王宮では今頃、行方不明になった二人を捜し出すため、蜂の巣を突っついたような大騒ぎになっている頃だろう。 椅子に座ったルイズは、ベッドに腰掛けているアンリエッタとウェールズを睨んでいた。 心なしか、その目には批難の色が浮かんでいる。 アンリエッタとウェールズは、時々お互いの目を合わせては頬を染めて、微笑み合っては頬を染めて視線を逸らし、また見つめ合って、お互いの手を握りしめている。 ルイズはちょっとだけ仲間はずれ気分を味わっていた。 子供の頃、アンリエッタの遊び相手を務めていたルイズには、一つだけ心当たりがある、『愛の逃避行ごっこ』と称して王宮内で隠れん坊をしたのだ。 幼少のアンリエッタにはラ・ポルトという従者がおり、アンリエッタの教育係でもあった。 そんな彼を『追っ手』と称し、ルイズとアンリエッタは王宮内で『愛の逃避行』をしていたのだ。 今のアンリエッタとウェールズは、まさに『愛の逃避行』を彷彿とさせるシチュエーションであった。 頬を染める二人を見て、ルイズは長い長いため息をついた。 「それにしても…」 アンリエッタの声に気付き、ルイズが顔を上げた。 「アニエスが『ルイズは変装してる』と言うから、どんな意外な姿をしてるのかと思ったけど、予想したとおりだったわ、一目でルイズだと解りましたもの」 ルイズはきょとんとして自分の顔をぺたぺたと触った、ルイズの顔は骨格にも手を加えており、一目でルイズだとわかるはずがないのだ。 「……参考までに、どうして私だと解ったのか教えて欲しいわ」 相変わらず微笑んだままのアンリエッタは、よく見るとルイズの顔ではなく、ルイズの胸を注視していた。 「ルイズなら、私と同じサイズに膨らますと思ったの。三年前の園遊会の時、影武者をルイズに頼みましたよね?。あの時のことは今でも時々思い出すわ」 ルイズの頬が引きつり、不自然な笑顔になる。 「貴方に影武者を頼んだとき、服を交換しましたよね? あの時ルイズったら私の胸を鷲づかみにして『ちょっとぐらい分けてくれてもいいじゃない』とか……」 ルイズが両拳を握りしめる、ミシミシと骨のきしむ音が聞こえてくるのは、気のせいではないだろう。 「ゴホン! あー…その、そろそろ本題に入りたいんだが」 ウェールズが話を進めようとして、わざとらしく咳をする。 アンリエッタはウェールズの顔をきょとんとした表情で見つめ、一瞬遅れて顔を真っ赤にした。 自分がどれだけ恥ずかしいことを喋っていたのか気がついたのだろう、ウェールズもアンリエッタとルイズが繰り広げる百合百合な昔話を聞いて、顔を真っ赤にしていた。 「「…………」」 顔を赤くしてお互いを見つめあう二人は、しばらくしてから気まずそうに視線を逸らした。 そんな二人を見ていたルイズは、目の前で繰り広げられた若々しいカップルのやりとりに言い様のない疎外感を感じていた。 ふと、ルイズの姉であるエレオノールの姿が思い浮かんだ。 彼女はこれまでに何度も婚約と破談を繰り返しており、三十才を目前に控えていながらまだ一度も結婚していない。 魔法学院やアカデミーの後輩が結婚したと聞く度に、エレオノールは不機嫌になりルイズの頬をつねった。 『アタシが独身だからって見せつけやがって…!』 およそ貴族らしからぬ口調で、同級生の結婚式をうらやむ姉を思い出し、ルイズはちょっとだけ姉に同情した。 「ところで、リッシュモンの裏は取れたの?」 場の雰囲気を変えるべく、ルイズが唐突に口を開く。 アンリエッタは慌てて居住まいを正し、わざとらしくコホンと小さな咳払いをした。 「リッシュモンの経済状況を調査ましたが…かなりの額の賄賂が流れています。その額はおよそ7万エキュー。それだけではありません、彼を高等法院へと押し上げた決定的な資料がロマリアからの物だったのですわ」 「ロマリア?」 ルイズが聞き返すと、ウェールズが口を開いた。 「ダングルテールの虐殺事件については、以前少しだけ説明したね」 「覚えているわ、疫病が流行ったという理由で村人ごと焼き尽くされた村よね。新教の流布でロマリアに睨まれて…」 そこまで言って、ルイズは目を見開き、ごくりとツバを飲みこんだ。 アンリエッタはちらりとウェールズを見た、ウェールズは少し俯いていたが、その表情はいつになく厳しいものだった。 「君の想像している通りだ。ダングルテールの大虐殺は、先代のロマリア法皇が暗に示唆したと言われる『新教徒狩り』と見て間違いはない」 ウェールズの言葉を、アンリエッタがひきつぐ。 「あの村を焼き尽くせと命じたのはリッシュモンです。疫病を未然に防いだとして彼はロマリアからも感謝状を頂き、高等法院を司ることになったのです」 ルイズは、誰とも視線を合わせず、床をじっと見つめていた。 その表情はどこか寂しげだが、怒りが噴出するのをこらえているようにも見えた。 「…感謝状ぐらいで彼を高等法院に推薦したの?」 小声で呟いたルイズに、アンリエッタが首を横に振る。 「当時、マザリーニは小国であるトリステインを守るため必死になって外交、内政に尽力していましたが……。卿にとってロマリアからの感謝状は、推薦状と呼ぶより命令書のようなものなのです。」 「あの枢機卿でも、ロマリアには弱いのね。 …でも仕方ないか、枢機卿の立場を保証してくれるのはロマリアだものね」 「マザリーニには『苦渋の決断でした』と言っていたわ。リッシュモンを大臣にすれば国政の中枢に近づけてしまいます。それを防ぐために彼を高等法院へ送り、あえて私財を蓄えさせ、尻尾を出すのを待っていたんですって」 ルイズは顔を上げて、アンリエッタとウェールズを交互に見る。 ウェールズは苦笑いを浮かべてルイズの顔を見返した。 「枢機卿は、冷たいように見えて、なかなか熱い人物だよ。ダングルテールの虐殺は、トリステインの格を落とす重大な事件だと、憤慨していたのだからね」 「あの枢機卿が怒る姿なんて見たこと無いわ」 ルイズがそう言うと、ウェールズはルイズと同じように両腕を胸の前で組み、ぐっと力を込めた。 「君と同じように、彼も両腕を組んで、眉をひそめるんだ。怒りをこらえるようにね」 胸の前で組んでいた腕から、ミシリと骨のきしむ音が聞こえた。 二人はルイズの手を見る、すると、指先が腕の皮膚を突き破り腕の筋肉へとめり込んでいた。 「怒りをこらえる…そうよ、私だけじゃない。枢機卿も、そしてアニエスも爆発しそうな怒りをこらえていたと思うわ」 ルイズは自分への怒りを何度もこらえている、石仮面を召喚したのは自分。被ったのも自分。死を偽装したのも自分。自分の怒りにはやり場がない、すべて自分の責任だから。 だがアニエスはどうだろう、怒りの矛先を目の当たりにしたとき、彼女はどんな行動に出るのだろうか、信用しているつもりだが、少し不安が残る。 ルイズが思考の海に沈みかけたところで、部屋の扉がノックされた。 『サイレント』のかけられた部屋にノックの音は響かないが、ルイズは壁に背中を預けて振動を聞いていた。 ルイズは二人に「仲間が来たわ」と告げると、おもむろに部屋の扉を開けた。 部屋に入ってきた二人を見て、ウェールズとアンリエッタは「えっ」と驚きの声を上げた。 一人は、ウェールズにとって因縁浅からぬワルド子爵だった、だが彼の登場は予想の範囲内なので、それほどの驚きではない。 もう一人が問題なのだ、ワルドに続いて顔を見せたのは、ウェールズにとっては馴染みの深い女性、マチルダ・オブ・サウスゴータだった。 「ミス・マチルダ。君も協力してくれるのか? しかし、なぜ…」 ウェールズが名前を呟くが、マチルダは不機嫌そうに顔を背けるばかりで、何も言わない。 アンリエッタも困惑しているのか、ちらちらとルイズの表情を伺っている。 ルイズは悪戯が成功した子供のように微笑むばかりで、何も言おうとしない。 ルイズとマチルダの接点は、魔法学院ぐらいしか思いつかない。 しかし、魔法学院の秘書とルイズが、いったいどんな経緯で知り合うこととなり、今回のねずみ取り作戦に協力するのか、まったく理解できない。 ウェールズとアンリエッタが困惑しているのを見て、ルイズは満足げに頷き、口を開いた。 「紹介するわ。ご存じの通りこちらはワルド子爵。そしてこっちはミス・ロングビル。またの名を『土くれのフーケ』よ」 アンリエッタとウェールズは、口を半開きにして唖然としている。 そんな二人の様子を見て、ルイズはくすくすと笑い出した。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/steve600/pages/328.html
国籍:オーストリア ラピド・ウィーン(05~09)→ボルシア・ドルトムント(09~) オーストリアのラピド・ウィーンに所属する選手。入団当初はMFだったが、その気性の強さと荒さを買われて(?)FWにコンバート。当時の監督がいわゆる「ゼロトップ」的発想を進めていたこともあり、前線で得点を取るのではなく高い位置から相手DFに噛みついて味方の攻め上がりを促す、という部分では高い効果があったようだが、ゴールは挙げられない日々が続いており「ゼロのルイズ」と呼ばれるようになっていた。 持ち味はその気性と瞬間のスピード。また執念深いマンマークも得意で、体格を考えなければ守備的なポジションの方が向いているかもしれない。 代表選手のエレオノール・ラヴァリエール、カトレア・ラヴァリエールらとは姉妹の関係に当たり、ルイズは末っ子。3姉妹の長女であるエレオノールとはチームメートでもあり、背が低いことから「ちびルイズ」と呼ばれ続けており頭が上がらない。 愛国心が強いためか、海外に出る選手を快く思っておらず特にライズのことは一方的に嫌っている。 ダイヤモンドカップ最終予選で初ゴールを挙げ、「ゼロのルイズ」の汚名を返上。その後ゴールを量産し、翌年にオーストリアブンデスリーガで得点王を獲りブレイク。さらに翌年にはボルシア・ドルトムントに移籍、ステップアップを果たす。 09-10女子ドイツブンデスリーガでも得点ランクトップを独走中。 元ネタ的には「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」が正しい名前なのだが、長すぎるため中の人が大幅に端折ってしまった(笑)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3236.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 窓から顔を半分だけ出したタバサは、階下をぐるり見渡した。 下にはたいまつがいくつか。 特に襲撃者が集まっている様子はない。 よく見ると襲撃者達の装備はまちまちだ。統一性という者に欠けている。 つまり、彼らは傭兵なのだろう。たまに山賊になるかも知れないが。 それのほとんどが正面に集まっているようだ。 「あれやって」 「あれ?」 タバサの最小限の説明がギーシュにはわからない。 わかるのは少し遅れて来たキュルケの方だ。 「あんたのワルキューレよ。人数が減ってるのがわかったら囮にならないでしょう」 「あ、ああ。そう言うことか。まかせたまえ」 ギーシュが杖を振ると、舞い落ちるのは赤い花びら2つ。 床に落ちた2枚は、わずかの間に2体の青銅像になった。 「これで本当にあの二人の代わりになるのかい?」 作っては見た物のいささか不安だ。 青銅の乙女はどう見てもワルドとルイズの二人には見えない。 「暗いから」 そう言ったタバサは小さい体を窓の外に飛ばす。 「そう言うこと。あ、ワルキューレはちょっと遅れてから下ろしなさいよ」 続くキュルケも窓の外に身を躍らせる。 小さく呟いたレビテーションの呪文が効果を現すと、キュルケは地面に激突するようなこともなくふわりと地面に降り立つ。 その後はギーシュ、最後に2体のワルキューレが壁を砕いて飛び降りた。 タバサとキュルケは間をおかずに再びレビテーション。 ワルキューレは金属音を立てずに、地面に降りた。 フーケに雇われた傭兵達が、壁を破って降りてきた5人に気づかないわけはない。 近くの傭兵達は5人組に燃えるたいまつをかざす。 「いたぞ!学院の貴族どもだ」 「なに?」 「捕まえろ!!」 怒号が飛び交い、傭兵達は5人組に殺到する。 「ひ、ひぃいいいいいいっ」 ギーシュ達は走り出した。 囮なのだから宿屋からなるべく離れなければならない。 任務としてはごくごく正しいものだ。 だが、ギーシュはそんな役割なんか忘れて全力疾走をしていた。 貴族としての誇りも、平民は貴族の相手にならないという常識もすでに吹き飛んでいる。 「ば、ばれた方がよかったぁあああああ」 傭兵達は殺気立った目をギーシュ達に向けている。 さらには、たいまつにあぶられ、顔をしかめている。 それが炎に照らされてゆらゆらと揺れているのだ。 理屈なんか超えて怖い。 一回、怖いといったくらいじゃ足りない。 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い これくらい怖い。 「いたぞ!」 「追え!」 「逃がすな!」 追いつかれては終わりだ。そんな予感がひしひしとする。 「来るなぁああああああああああああああああああ」 ギーシュは必死に走る。 そして叫ぶ。 その叫びがより多くの傭兵達を引きつけていた。 同じ頃、ワルドはユーノを肩に乗せたルイズを抱いて、ギーシュ達と反対側の窓から飛び降りていた。 「うまくいったようだな。あの三人、思った以上によくやる」 時間差で降りた窓の下に傭兵は誰もいない。 ギーシュ達を追って行ってしまったのだ。 「今の内に桟橋まで行こう」 「ええ」 ほとんどの傭兵の目がギーシュ達に集まっている。 逃げるなら今の内だ。 ワルドはルイズを下ろし、小さな手を引いて走る。 だが、引きつけられたのはほとんどだ。 全ての目ではない。 「こっちにもいたぞーーー!」 目端の利く者というのはどこにでもいる。 ギーシュ達を追っている傭兵に比べれば遙かに少ない数であるが、幾人かの傭兵がルイズ達を見つけ、後を追ってくる。 「そううまくはいかないか」 ワルドは足を速めようとしてやめた。 ルイズでは訓練された魔法衛士隊の足についてこれるわけがない。 ワルドは少しずつ差を詰めつつある傭兵達を見ると、腰に差した杖に手を伸ばした。 ユーノが走るルイズの肩から飛び降りる。 壁際の闇の中を走り、路地に飛び込んだ。 (ユーノ!?) ルイズはユーノを止めようとした。 だが、その暇もなくワルドに手を引かれ走り続けるしかなかった。 傭兵達とルイズの距離はさらに縮まる。 明らかにルイズより傭兵達の方が速い。 まもなく追いつかれてしまう。 「そろそろ迎え撃つしかないようだな」 ワルドは足を止め、ルイズを背中に隠した。 剣のこしらえをした杖を迫る傭兵に向けて構える。 「ワルド……」 「大丈夫。僕は魔法衛士隊の隊長だ。武器を持っているとはいえ、たかが平民。あのくらい蹴散らしてやるよ」 ワルドはルーンを唱える。 風が杖の先に集まりつつあった。 そのとき傭兵達は驚きの声を上げ、足を止めた。 それは、ワルドの魔法がもたらした結果ではなかった。 空から降りてきた少年を見た傭兵達は、もちろんわずかに逡巡を見せた。 だが、それもすぐに無くなる。 少年はマントを着けている。 つまりメイジだ。 メイジが空を飛ぶのは当たり前だからだ。 それより、わざわざ剣の間合いに入ってきた愚かさを笑う。 この距離ならば魔法より剣の方が速い。 ためらうことなく邪魔な少年に刃を振り下ろす。 そして、剣は傭兵の手を離れた。 地面に剣が落ち、金属が石畳を叩く音が響く。 ユーノが斬りつけてきた傭兵の剣をデルフリンガーで跳ね上げたのだ。 ユーノは傭兵達の前に立ちはだかり、両手を広げ、精一杯の声で叫んだ。 「ここから先は行かないでください!」 とても人を脅せるような声色ではないが、傭兵達は足を止める。 そして、ある者は剣を構えなおし、ある者は剣を弓に変え、その目標をユーノに移した。 「君は!ユーノ君か?」 「はい」 背中にいるワルドに答えてもユーノは後ろを見ない。 デルフリンガーが教えてくれていた「絶対に目を離すな」と。 「ワルドさん。ルイズを任せていいですか?」 「無論だ。ルイズは僕の婚約者だ。言われるまでもない」 「お願いします!」 ワルドは構えた剣を腰に戻す。そして、ルイズの手を引いた。 「ワルド、本気?ユーノは……!」 「わかっているよ。彼が普通の子供ならこんな事はしない。だが、彼はそんな者じゃない。わかるだろ?それに君には任務がある」 「でも……」 ルイズはユーノを見た。それからワルドを見て、もう一度ユーノを見る。 どうすればいいのかわからなかった。 ここでユーノを守ればいいのか。それともワルドの言うとおりに、任務のために走ればいいのか。 どちらを選べばいいか、全然わからない。 「ルイズ!早く行って」 その一言がルイズの決心を決めた。 たいまつの炎に照らされ、背中を見せるユーノがどんな顔をしているのかルイズにはわからない。 けれど今まで一緒にジュエルシードを集めてきたユーノなら、この危険もどうにかできると思えた。 「ユーノ、危なくなったら……わかっているわね」 「うん。前と一緒だね」 ルイズは走った。 ユーノに背を向け、ワルドの手を握り、桟橋に向かってひたすら走った。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6800.html
ルイズが召喚したのは、この世のものとは思えないほど美しい機械だった 「なんて美しいんだ、ゼロのルイズが…美しい竜を召喚したぞ、竜のような船のような、そして美しい」 その後、ルイズはその美しい使い魔に乗り、ギーシュのゴーレムと決闘をする事になるが 美しい使い魔は美しく空を舞い戦った、吐き出す弾丸さえも美しく、ゴーレムを粉砕する 「ルイズの美しい使い魔がギーシュに美しく勝ったぞ!飛ぶ姿までも美しいぞ!」 使い魔品評会でも、その使い魔の美しさの前に他の使い魔など敵ではなかった そして美しい使い魔は美しくアルビオンまで飛び、ウェールズの手紙を美しく奪還する ある時は7万の軍と美しく対決し、またヨルガンムントを美しく倒し、世界扉を美しく開けた その使い魔の活躍と美しさは、後に「イーヴァルディの美しい勇者」として語り継がれた (ルイズが世界一美しい航空機、二式飛行艇を召喚)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6871.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ―――幻想郷、霧の湖の真ん中に建てられている紅魔館。 妖怪の山の麓にあるこの湖は深い霧に包まれ、その霧に紛れて妖精なんかが飛び回っている。 そして、その湖の真ん中にはとてつもなく大きな洋館があった。 まるで人を寄せ付けぬかのような場所に立てられたその館は紅く染まっている。 ようやく顔を出した太陽の明かりがが、逆にその洋館を不気味にさせていた。 そして、その紅魔館のとある一室では…。 四人の少女達が椅子に座り、何やら話をしていた。 一見すれば、何のたわいもない談笑かと思うが、部屋の雰囲気はとても重苦しいものであった。 「――――で、霊夢が何処に行ったのか特定出来たという事?」 少し青みがかかった銀髪の吸血鬼――― レミリア・スカーレット ―が向かい側に座っている金髪の女性が話した内容に興味を示していた。 背中には蝙蝠のような大きな翼が生えており、カーテン越しの太陽の光がその翼を照らしている。 「そうよ。まぁその時は思わぬ妨害が入って逃げる羽目になってしまったけど。」 金髪の女性 ――― 八雲 紫 ― の方も、一見すれば白い導師服を着た普通の『人間』に見える。 だが、その体からにじみ出る言いようのない不快感と恐怖が彼女が人外だと証拠づけていた。 「意外ねぇー、まさか貴方の口から逃げるっていう言葉が出るなんて。」 部屋の重苦しい雰囲気に柔らかそうに言ったのは金髪の女性の隣にいた『亡霊』 ――― 西行寺 幽々子 ― であった。 青い着物を纏い、被っている青い帽子の上に重ねるかのように『@』という印が描かれた白い三角頭巾をつけている。 「余程手痛い目に合わせられたか…それとも油断して一太刀浴びせられたとか?」 幽々子は桜色の髪を死人のように白い手で撫でつけながら、笑顔で紫にそう言った。 その言葉に紫は顔を僅かに曇らせると、右の人差し指で頬をカリカリと掻きながらポツリ呟いた。 「まぁ、ね。確かに一太刀浴びせられたわ…というよりも刺されたっていう表現が正しいけど。」 「とりあえずそんなお喋りは後にして、次の話題を進めて頂戴。」 そんな二人の会話を見ていた幽々子の横に座っていた女性が口を開いた。 腰まで伸びた銀髪は月明かりでキラキラと輝いている。 服は青と赤という変わった色の基調をしたナース服を着ていた。 彼女は先の幻想郷で起こった『永夜異変』の主犯である ――― 八意 永琳 ― である。 永琳の言葉に紫はつまらなそうに肩をすくめると再び話し始めた。 「それから私は何度か様々な方法を使ってその世界へ侵入しようと試みたけどどれもコレも駄目だったわ。 後一歩と言うところでいつも誰かが私に襲いかかってくるのよ。本当、困るわ。」 あっけらかんにそう言った紫に永琳はため息をつくと紫に話しかけた。 「良くそんなに暢気にしていられるわね?幻想郷の創造主である貴方がそんなんだと心配になってくるわ…。」 「あら?これでも私には色々と苦手なモノは結構あるのよ。私はそんなものとは極力付き合わないようにしているだけ。」 紫は呆れている永琳に笑顔で軽く言うと再び話を戻した。 「まぁとりあえず今のところ、攫われてしまった博麗の巫女は未だ取り戻せていないという事よ。」 ☆ 時を遡り数週間前、ここ幻想郷で博麗の巫女である霊夢が神隠しに遭うという、未曾有の異変が発生した。 それを妖怪の山に住む天狗達はあっという間に嗅ぎつけ、幻想郷中に話は広まった。 霊夢が神隠しに遇ったという話を聞いた彼女と親しい間柄の者達はすぐに異変解決の為に行動し始めた。 ただ…特にアテがないので各々が好きなところへ赴いては何の成果も無しに帰ってくる。 見つからないのは仕方がないといえるだろう。 何せ霊夢は本当にこの幻想郷から消えてしまっていたのだから。 突如神社の境内に現れた光り輝く鏡の様なモノに取り込まれて…。 その真実を知っているのは目撃者である八雲紫と、今日になって彼女から教えて貰ったレミリア、永琳、幽々子の3人だけである。 ☆ 紫の言葉にレミリアはまるで相手を睨み殺すかのような目で紫を睨み付けながらこう言った。 「………まぁそこまで期待はしていなかったけど。まさかこれ程とはね?」 レミリアの冷たい言葉と視線に対し、紫は顔色一つ変えない。 幽々子はそんな光景を見て口元を扇子で隠しこそこそと笑っていた。 一方の永琳はというと…目を瞑り何が考えた振りをした後、紫に話しかけた。 「じゃあ、このままあの巫女が帰ってこなかったら結界が破れるのは時間の問題という事じゃない…?」 その一言に、紫は永琳の方へ顔を向けると顔色を変えた。 「結界ねぇ…確かに、『普通なら』後数日もすれば結界は跡形もなく崩壊するでしょうね。」 永琳はその言葉に残念そうな顔になったがそれは一瞬のことで、すぐにある事に気がつき真剣な顔になる。 「普通なら…?それは一体どういう意味なの。」 彼女の質問に、紫は被っていた帽子を脱ぐと気まずそうに頭を掻いた。 「う~ん、ぶっちゃけて言うとね…結界の様子がおかしいのよ。」 その言葉を皮切りに、今現在の結界の状況についての説明が始まった。 霊夢が消えてしまった後、紫はマヨヒガへ戻り博麗の巫女無しに結界がどれくらい持つか分析したらしい。 最初こそ予定では僅か二週間ぐらいで結界は崩壊してしまうという結果が出たが。それは大きく外れた。 二週間経っても結界にはひびひとつ入っておらず、何一つ問題なく結界は正常に働いていたのである。 「それじゃあ、今は霊夢がいなくても結界は大丈夫なわけ?」 話を聞いていたレミリアが横槍を入れるかのようにそう呟いた。 確かに、別に霊夢がいなくても結界が正常に動いていれば焦ることはない。 そう考えたレミリアは話の途中なのにも拘わらず安心したかのように大きなため息をついた。 「はぁ~、心配して損した………ってイタッ!?」 言い終わる前に、突如レミリアの頭上にスキマが現れ、そこから出てきた扇子に頭を叩かれた。 「何勝手に安心してるのよ吸血鬼、話の本題はここからよ。」 勝手に安心しているレミリアにスキマを通じて扇子で叩いた紫は話を再開した。 博麗の巫女無しに正常に動いている結界を訝しんだ紫はすぐに自分の式である九尾狐の藍に調査するように言った。 その間に紫は霊夢が何処へ行ったのか探るために、スキマを通ってあらゆる世界を行き来していた。 数日後…今日も何の成果も無しにマヨヒガへ帰ってきた紫に藍がある報告を入れてきた。 「紫様、少し結界の異常についてご報告を…。」 「どうしたの藍?ここ数週間前からずっと異常なんだけど。」 「いえ、今日はそれとはまた違い、見たことのない異常事態でして…。」 次に己の式の口から出た言葉に、紫は手に持っていた傘をうっかり取り落としてしまった。 それは、境界を操りありとあらゆる知識を持つ八雲紫ですら予想だにしていなかった事…。 ―――結界が、どんどん変異していってる。 紫の口からでたその言葉に、レミリアが目を丸くした。 「日を追うごとにどんどんと、まるで蝕むかのように結界は変異しているのよ。なんとかしようとしたけど既に手遅れだわ。」 「変異って…一体どういう風に?」 レミリアは威厳を保とうとしながらも、恐る恐る紫に質問した。 「そうねぇ、白紙に描かれた絵の上に更に絵を描いた、と例えればいいかしら。」 そういう風に例えた紫は一息ついてから喋り始めた。 「更に私がその事で心配しているのはその結界が完璧に元あった結界を取り込んだ際にどんな事が起こるか予想がつかないという事よ。 良くて何も起こらない、悪ければ…恐らく今まで起きた異変よりも相当悪い事になるわ。」 彼女の口から出たその結論に、レミリアは息を呑んだ。 結界が崩壊するならまだしもまさか突然変異するとは夢にも思わなかっただろう。 だが、驚かせる暇を与えないかのように紫は更に喋り続けた。 「ただ、その結界を調べていく内にある事がわかったのよ。 今の結界を構成している術式が…霊夢を攫っていったあの鏡を構成していた術式と似ているのよ。」 「「……!!」」 それを聞き、永琳を覗く二人が驚愕した。 永琳はと言うとそれを聞き、少し考えるような素振りを見せた後口を開いた。 「ということは、その術式をうまく利用すれば…」 「さすが月の頭脳ね?私の台詞を盗もうとするなんて。」 言い終わる前に紫はそう言うとその跡を継ぐかのように言った。 「近い内に、あの月面戦争と同じ方法を使って霊夢を攫った世界へ乗り込むわよ。」 ★ アルビオン王国はラ・ロシェールの町から丁度西の方角に存在している。 まず唯一の特徴は大陸そのものが『浮遊』している事だ。 その為、定期的にハルケギニア大陸の上空に進出することがある。 他にも「白の国」と呼ばれ、それは大陸の下部はいつも白い霧に覆われている事から由来が来ている。 アルビオン大陸の内側からこぼれ落ちてきた水が白い霧はいずれ雲となり、いずれはハルケギニア大陸へと運ばれ雨となるのだ。 他にもハルケギニア各国の中でもでエール を特に大量生産している国だったり、 「アルビオンで良い料理が食いたいならトリステイン産の食材を持ってこい」、等と呼ばれている国である。 また大昔にかの始祖ブリミルの3人の子供達に作らせた王国の1つであり、その歴史も古い。 サウスゴータの街は人口4万を数えるアルビオン有数の大都市で、円形状の城壁と内面に作られた五芒星形の大通りはユニークである。 他にも王都ロンディニウムや軍港ロサイス、ハヴィランド宮殿など、観光地としてもベスト10に入っている場所も随分多い。 ただ…この時期は観光客はおろか大陸に住む人々さえ外にも出ず、家の片隅でガタガタと震えている。 それは『レコン・キスタ』という組織のクーデターが原因であった。 彼らは今のアルビオン政府の現状を憂い、「共和制」という言葉の元に集まった。 最初の戦いこそ、王族派の勝利が連続で続きレコン・キスタはあっという間に鎮圧するかと思った。 だがしかし、レコン・キスタの軍団に突如としてかの「亜人」たちも参戦してからというものの、形勢は逆転してしまった。 名高いアルビオン空軍の象徴でもあった『ロイヤル・ソヴリン号』と王都ロンディニウムも奪われてしまい。 遂にはニューカッスルの城に立て篭もるほか無くなってしまったのである。 逃げ延びた王族派の者達は覚悟を決めたと同時に、1つの疑問が頭の中に浮かび上がった。 『どうして人を襲う亜人達がレコン・キスタの仲間として戦っているのか。』 基本亜人というのは人間を襲う者であると子供の頃から教え込まれていた。 事実上間違っている事ではなく、前例をあげていけばそれこそ辞典が数冊出来るほど沢山ある。 それ程亜人達は恐ろしい存在であり、同時に人間に協力する様な存在ではないはずだ。 では何故彼らは人間―それも貴族の集まりであるレコン・キスタと協力関係にあるのか。 ニューカッスルの城に立て篭もった彼らは頭を捻りながらこれまで何週間も考えてきたがもうあまりその時間はなかった―――― ◆ 一方、此所がどこかも分からない空の上… まるで密林の様に密集した雲の中を霊夢が一人、フラフラと飛んでいた。 「周囲には雲ばかり…遙か下には海があって、上には颯爽とした青空…ハァ。」 霊夢は右も左もわからない雲だらけの空を飛びながら少し疲れたようにそう呟く。 ラ・ロシェールの町にあった大樹から飛び立って既に四時間ほど経過していた。 ベンチの上で目を覚ましたときには、丁度火が顔を出し始めたところである。 とりあえず近くには水飲み場があったため、そこで水を飲んだ後に顔も洗った。 その後は何も食べずに西の方を目指して飛びたった事に、霊夢は今になって後悔してた。 (どうせ一時間も飛んでればつくと思っていたけど…ふぅ、何か食べとけば良かったわ。) だが実際は一時間どころか…四時間も飛んでいて尚雲以外のモノは一切目にしていない。 更にこの雲はまるで霊夢を取り囲むように空に浮いており、下手に移動すれば空の上で迷子になってしまう。 常人ならその状態から一刻も逃げだそうと西だけではなく東や北へと足を伸ばすところだが霊夢は違った。 彼女は四時間もずっと、西の方角だけを飛んでいるのだ。己の勘だけを信じて。 以前にも永夜事変の際に「迷いの竹林」と呼ばれる場所に訪れたことがあるため、既にこういう事には慣れているのだ。 その時にも、しっかりと己の勘を信じ、途中弾幕ごっこを挑んできた魔法使いをコテンパンにして無事に永遠亭へとたどり着けたのだ。 故に霊夢は今回も、昨日の夜に感じ取った嫌な気配を元に、こうして西の方角だけを飛んでいる。 「とりあえず…後一時間も飛んでいれば辿り着くかしらねぇ?」 霊夢は何も入っていない腹をさすりながら暢気に呟き、速度を少しだけ上げた。 ◆ 「なんだか、さっきから嫌な臭いがするけど。そろそろって所かしら。」 それから約一時間半が経過しただろうか…霊夢は今雲の中を突っ切っていた。 あの気配も段々と近づいてきており、それに伴い彼女の鼻を異様につく異臭が雲に紛れて漂ってくる。 恐らく、それは戦争や戦、そして科学とはほぼ無縁になってしまった幻想郷では嗅ぐことは殆ど無い火薬の臭いである。 そして数十分が経った頃、霊夢はブレーキを掛けるかのようにその場で動きを止めると上を向いた。 (あの気配が、私の頭上から感じるわ。) 霊夢は心の中でそう呟くと頭上目がけて高度を上げ、雲の中から飛び出した。 雲から出てみると――――頭上は真っ暗『闇』であった。それも一寸先すら見る事もかなわない程の… 周りには白い雲が辺りにフヨフヨと浮かんでおり、そしてすぐ上には黒い『闇』。 まるでこのこの世のものとは思えない奇妙な風景であった。 「一体此所はどこなのかしら?もう夜…ってわけじゃなさそうだし。」 気配だけはすぐ頭上から漂ってくるが、どうみても上へと続く入り口らしいものは見つからない。 首を傾げて不思議そうに呟いた直後、ふと右の方で何かが光り輝いているのを霊夢は見逃さなかった。 何かと思い、光の方へ近づいてみるとそれの正体があっという間に分かった。 その正体は発光する真っ白い特殊なコケであり、それが群生して発光していたのである。 「ふ~ん、光るコケねぇ。聞いたことはあったけど……ん?」 そして…そのコケの光のお陰で丁度頭上に大きな穴がある事に霊夢は気がついた。 自然に出来たモノかどうかは分からないが、どうやら船が丸々一隻はいるほどの大きさである。 「こんな所に穴…?っていうか、コレは岩だったのね。」 同時に、頭上にあるのが、『闇』ではなく岩だという事が判明した。 つまり今霊夢の目の前にあるのは『空に浮かんでいる大きな岩の塊』、だと言うことだ。 「全く…ここは幻想郷と同じで色んなモノが飛んでるわね…。」 そんな事をぼやき、これ以上此所にいても仕方ないと判断した霊夢は穴の中へと入っていった。 発光性のコケが生えていたのは出入り口部分だけで穴の中はとても暗く、霊夢は手探りで障害物を確認しつつ飛ばざるを得なかった。 もしも船なんかがこの穴に入るのならば…余程の腕利きの者達でなければすぐさま船は座礁してしまうだろう。 「このまま上へ行けば何かあるのかしら……ってまた光ってるところがあるわ。」 穴に入って数分も経った頃だろうか、霊夢は再びコケが光っている場所を見つけた。 光を頼りに近づいていくと、そこには人一人が通れるサイズの横穴があった。 この横穴にはあの光る苔が多数生えており、穴が小さいためかだいぶ明るい。 「このまま手探りで上へ上へ行くのも面倒だし…横穴の方へ行ってみようかしら。」 霊夢は暢気に言うとその横穴へと入り、奥へ奥へと進んでいった。 ―――アルビオン大陸 ウエストウッド周辺。 その森の中にある泉から流れる水は大きな水道を通史でアルビオン各地へと届いている。 泉のほとりには木の蓋で塞がられている古い井戸があった。 井戸と言っても既に水がくみ取れなくなっているが、それでもその井戸を封じている蓋の上は小動物達の休憩場となっている。 今日もまた、数匹のリスたちが仲良く体を寄せ合って眠っていた。 だがその時…。 ガタガタッ… 突如、蓋が音を立てながら大きく揺れ始めた。 たまらずリスたちは跳ね起きるとすばやく蓋の上から飛び降り、森の中へ逃げ去っていった。 リスだけではなく、突然の物音に小鳥は歌を止め、兎はいつでも逃げられるよう身構えている。 数秒してから、ふと物音と揺れが止まり―――次の瞬間、 バァンッ!! と、大きな音を立てて蓋が遙か空の彼方へと勢いよく吹っ飛んでいった。 周囲にいた森の小さな住民達はたちはそれに驚きササッと森の奥へと引っ込んでいった。 そして辺りには誰もいなくなった直後、長い黒髪の少女が井戸の中からフワフワと浮かびながら外へ飛び出てきた。 「ふう、ようやく薄暗くてじめじめした場所から出られたわ。」 黒髪の少女――霊夢は地面に降り立つと上空にある太陽を見て嬉しそうに呟いた。 横穴へと入った霊夢はあの後ジメジメとした穴の中を通り、苦労の甲斐あってようやく地上へと出てこれたのである。 そして道なりに進んでいくとこの井戸の底へと通じていたということである。 「それにしても、どうして空の上にあった岩穴からこんな森の中へたどり着くのかしら…。」 霊夢は不思議そうにそう呟いた後、直ぐ側から水の流れる音が聞こえてくることに気がついた。 そちらへ振り向くと、そこには太陽の光でキラキラと綺麗に輝く泉があった。 ちなみに、水の流れる音というのは人工的に造られた溝へと流れていく音である。 濁り一つ見あたらないその綺麗な泉の水を見て、霊夢は先程からずっと喉が渇いていたのを思い出した。 霊夢は素早く泉の側へ近づくと、両手で水を掬い一気にそれを口の中へ入れ、飲み込んだ。 「あーおいしい!なんだか生き返った感じだわ。」 喉が乾きに乾いていた霊夢は満足そうに言うと、もう一度水を手で掬い口の中に入れる。 そして最後に顔に水を軽く洗った後、ふと空を見上げた。 木々の間から漏れだし太陽の光は、体を温めるのに丁度良かった。 喉を渇きを潤し。ついでに体も暖まった霊夢は未だここが何処なのかわからなかった。 だが、昨日から感じていたイヤな気配が今までとは比べものにならないほど近くから漂ってくる。 「もしかしたら、ここがそのアルビオンって所かしら…。」 霊夢がそう呟いた瞬間、 ガサッ… 後ろから何か物音が聞こえてきた。 何だと思い振り返ると…すぐ後ろにあった木の後ろに誰かが隠れていた。 多分相手は隠れているつもりなのだろうが、腰まで伸びた金色の髪が風に煽られ揺れている所為でバレバレである。 だが、その髪の細さが普通の人間の半分ほどしかない事に気づき霊夢は少しだけ目を丸くした。 シャララ…シャララ、と風に揺られる度に髪が空気をかき乱す音を奏でている。 とりあえずこのままでは何の進展もないので、仕方なしに霊夢は木の後ろに隠れているであろう者に声を掛けた。 「……そこの木に隠れている奴、出てきなさいよ。」 霊夢の言葉に相手は驚いたのだろうか?バッと木の後ろから飛び出したかと思うと森の奥へと逃げようとした。 しかしそれを見逃す博麗の巫女ではなかった、霊夢は咄嗟に相手の肩を掴んだ。 その時になって初めて、こちらをこそこそ見ていた相手が自分とはそれほど年が離れていない少女だと判明した。 粗末で丈の短い草色のワンピースに身を包み、頭には耳元まで隠している白い帽子を被っていた。 手には木の実をいっぱい入れた篭を持っている。 目は怯えているせいか少し潤んでおり、顔も若干ふにゃっと崩れていて、今にも泣きそうな表情をしている。 普通の男がその目と顔を見れば、間違いなくその少女に一目惚れしてしまうだろう。 だが霊夢は生憎女である為、そのような誘惑(?)は効かず職務質問のように少女に話しかけた。 「ちょっと、何も逃げることはないじゃないの?」 空腹だったためか、霊夢の言葉は少し苛ついたものとなっていた。 「ご、ごめんなさい…、木の実を摘んでいる最中に大きな音がしたから…。」 霊夢に疑いの目で見られ少女は更に表情を崩し、今にも泣きそうな声で弱々しく言った。 その様子を見た霊夢は相手が何の害もないと確認し、パッと肩を離した。 やっと解放された少女は緊張の糸が切れたのか、その場にヘニャヘニャと座り込み、ついで頭に被っていた帽子が落ちてしまった。 ―――――――帽子に隠れていて見えなかった耳は、普通の人間のソレと違い尖っていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2928.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 空から落ちる爆音にさらされながらコルベールも会場に残っていた。 アンリエッタ王女から避難命令は出ていたが、そこには彼の目を奪うものがあった。 それは魔法の鎖と盾を操る空から降りてきた少年の左手に光るルーン。 「あれは、確かガンダールヴのルーン?」 少し遠目だが間違いない。 「しかしガンダールヴのルーンを持つのはミス・ヴァリエールの使い魔のはずでは?」 コルベールの思索は息とともに止められた。 「ぐえ」 ヒキガエルのような声を出す。 後ろ襟が誰かに引かれて服が喉に食い込んだ。 「なにやってるんですか。危ないですよ!」 「ちょ、ちょっとまって。ぐぇええ」 どこかの女性がコルベールを引っ張っている。 誰かと思い首を回そうとしたが。 「え?」 髪を捕まれた。 「ま、ま、ま、待ちなさい。ぐえええ」 首も回せないし息が詰まる。 そのうち頭から何か引きちぎれるような音が響いてきた。 「あ……」 コルベールの中で何か大切なものがぷっつり切れた。 シエスタは男を引きずり、走っていた。 男は杖とマントのえらい貴族様だが、あんなところに立ちっぱなしにさせておくなんてことはできない。 後でどんなお叱りを受けるかと思ったが、どうやらその貴族様も納得してくれたようだ。 しばらくばたばたしていた後で今はおとなしく引きずられるままになってくれている。 「ユーノさん。がんばってください」 会場では、まだユーノが砲弾を防ぎ続けているはず。 シエスタは祈った。 ──ユーノさんが怪我をしませんように 前で鎧を着た衛士が手を振っていた。 安全な場所まであと少し。 シエスタは足を少しはやめた。 「ああああああああ」 シルフィードの背中でリリカルイズを支えるキュルケは叫んでしまった。 後ろを見ているキュルケにはシルフィードを追う火矢がよく見えている。 その数は1本、2本、3本……とにかくたくさん。 10や20ではない数がシルフィードを追って距離を詰めてくる。 タバサが何度かエアハンマーでシルフィードを加速させているが、もう追いつかれそうになっている。 そのタバサが長い杖をのばしてキュルケの肩を叩いた。 「な、なに?」 「追いつかれそう。あれを少し落として」 「どうやって!」 「フレイム・ボールをたくさんとばして」 「そんなにたくさん撃てないわ。精神力が持たないわよ」 「小さいフレイム・ボールでいい。当たればおちる」 「あー、もうっ」 キュルケは杖を手に取る。 このままでは火矢がシルフィードに当たって大爆発するのは間違いない。 だったら何か言っている場合ではない。タバサの言うとおりにしてみる。 「どうなっても知らないわよ」 キュルケはルーンを唱える。杖を振る動きにあわせ頭上に火球がいくつも姿を現していく。 「行きなさい!フレイム・ボール」 放たれた幾多もの火球は、火矢の行く手を遮るために空中を縦横に飛ぶ。 地上から見上げる者はその炎の航跡により、シルフィードの羽が4枚になったように見えた。 意志を持たぬ火矢はその速度にものを言わせて、火球の守りの中に突き進む。 だが火球は自らの敵を追う力を持っている。 火球に食らいつかれた火矢は爆発の中へ消えていった。 キュルケのフレイムボールが火矢を爆発に変える。 その爆音が響いてもルイズはとぎれることなく集中し続けた。 魔力をくみ上げ、溜めていく。 使う魔法はディバインバスター。 ──だけど…… ゴーレムは以前より強くなっている。 以前と同じのディバインバスターでは通用しないかもしれない。 タバサの策が成功しても、もっと強力な魔法攻撃が必要になるかもしれない。 前と同じでは ──足りない。まだ足りない。もっと、もっと。 ルイズはさらに魔力を込めていく。 限界まで。限界を超えて。 「はじめる」 タバサはキュルケの返事もルイズの返事も聞かずにエアハンマーを打つ。 きゅいい どん、という音と共にシルフィードが見えない天井を蹴って突如急降下を始めた。 火矢の群れもまた急降下を始める。 地面すれすれで再びエアハンマー。 きゅきゅきゅいっ 今度は学院を囲む森の木の高さで水平に飛ぶ。 再び突然向きを変えるシルフィードの軌道変化に火矢は追いつけない。 いくつもの火矢が雨のように降り注ぎ、地面をえぐり、木を吹き飛ばす。 それでも、まだ全ての火矢が炎の中に消えたわけではない。 数え切れない火矢がシルフィードに迫る。 ルイズはシルフィードの背中から離れた。 形成されたディバインスフィアがシルフィードの背中まで焼いてしまうかもしれないからだ。 「ありがとう。キュルケ。行くわ」 まだ不安はある。 あるが、ここで出ないわけにはいかない。 足下に作ったフライアーフィンに魔力を乗せ、ルイズはシルフィードの背中から飛ぶ。 かなり早く飛んだつもりだったが、火矢が何本かがルイズを追ってきた。 ほとんどシルフィードを追っているが、一発でも当たればルイズはやられてしまう。 ──どうしよう 避けながら魔法を使うための集中はできない。 何か方法を考えようとしたときに、ルイズを追っていた火矢が全て爆発した。 下ではシルフィードの背中でキュルケが杖を振っている。 小さなフレイムボールが火矢を打ち落としていた。 「しっかりやりなさいよ!ルイズー」 「リリカルイズ」 「そうそう、リリカルイズ!」 二人の声を受けてルイズはさらに高度をとった。 見かけ通り鈍重なゴーレムはシルフィードが突進しても、なお動かなかった。 体中に生えた小型の大砲から火矢を撃つ気配もない。 シルフィードは速度をゆるめない。 ゴーレムにぶつからんばかりのスピードで飛ぶ。 どん きゅうううううっ タバサのエアハンマーで強制的に上昇させられる。 小さく悲鳴を上げたシルフィードはゴーレムの体を翼だけでなく爪の生えた手と足も使って駆け上る。 きゅいっきゅいっきゅいっ 小さいとはいえ、大砲の前を走っているのだ。 怖いことこの上ない。 夢中で手と足と翼を動かし、やっとゴーレムの頭の上に飛び出した。 直後、爆発が連続して聞こえる。 きゅいっ 尻尾の先がちりちり熱くなった。 後ろは怖くて振り向けない。 シルフィードは必死に翼を振って逃げた。 ゴーレムに火矢がぶつかっていく。 その間にもルイズは力ある言葉を唱えることで、魔法をより強くしようとしていた。 ──まだ、まだ。もっとたくさんの精神力を。魔力を。 そんな物はもうない。 ルイズが使えるだけの精神力はすでにディバインスフィアの中で魔力となっている。 もうどこにも魔力はない。あるはずがない。 ──まだ、まだ あるはずがない。 しかし魔力はあった。 ルイズのすぐ近くに。 それを知覚した時、レイジングハートの中で新たなプログラムが動き出す。 今、この空域の魔力はとても濃くなっている。 ディバインバスター、ジュエルシードの力、タバサのエアハンマー、キュルケのフレイムボール。 ゴーレムが撃ち出した火矢も魔力で作られたものだ。 爆発したときには魔力をまき散らす。 それらの残滓が、空間に満ちている。 集束魔法。 それが新たなプログラムが紡ぐ魔法の名前。 「リリカル・マジカル」 周囲に残る魔力を集めることで術者の精神力を超えた魔法を完成させる。 ルイズの呪文と共に小さな星が無数にうまれ、スフィアに吸い込まれていく。 星を吸収したスフィアは少しずつ力と大きさを増していく。 「リリカル・マジカル」 また小さな星が生まれ、吸い込まれていく。 小さな光を魔力を、大きな魔力に束ねていく。 「Master.Please name new magic」 「新しい魔法……名前?」 新しい魔法には新しい名前が必要だ。イメージを魔法と成し、確たる物にするために。 ──集まる。星の光。光の力。 ──そう、これなら空の星だって! そしてルイズは叫び、唱える。 「スターライト!」 今できたばかりの新しい魔法の名前を。 「ブレイカー……シューーーーートッ」 それはまさしく星をも砕く光の槌。 ルイズがレイジングハートを振り下ろしたスフィアから落ちる魔力光は、すでに自分の火矢で半分ほどに削れたゴーレムをさらに叩き、砕いていく。 さらに半分に削れたゴーレムを青い光が包んだ 青い光は槌を止めるがそれもわずか一瞬のこと。 スターライトブレイカーの光は何もなかったかのようにゴーレムを叩きつぶしていく。 「捕まえた!」 ルイズは確かな手応えを感じる。 ジュエルシードの手応えを。 「Sealing form, set up」 形を変えたレイジングハートにルイズは命じた。 「リリカル、マジカル。ジュエルシードシリアル5 封印!!」 青く流れるジュエルシードがレイジングハートに飛び、その中に静かに消えていく。 「あ……っ」 ルイズの視界がぼやけた。 焦点が定まらない。レイジングハートが重さなって見える。 揺れ出した意識はルイズの思うようにならない。 「Sealing.Receipt Number Ⅴ」 レイジングハートの声を聞いたルイズは、渦の中に落ちていくような感覚と共に意識を途絶えさせてしまった。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2544.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ ドアがかちゃりと鍵が開ける音を立てた。 次にデルフリンガーに何をやらせるか考えていたルイズも、自分のありのままの姿に喜びを見いだしたデルフリンガーも、2人を仲裁しようとしていたユーノも一斉にドアに注目する。 鍵は内側からかけているので、外から開けるにはアンロックを使わなければならない。 そして、そんなことをするのはこの学院ではただ1人しかいない。 3人はお互いにそれぞれの姿を見る。 ルイズはネグリジェ。問題はない。 ユーノはフェレット。問題はない。 デルフリンガーは通常サイズ。問題はない。 互いに確認し合った3人はうなずいて全員問題ないことを伝え合う。 デルフリンガーがどうやってうなずいたかは謎だ。 確認完了と同時に扉が一気に開けられた。 「こんばんわ、ルイズ」 いつものように止める暇もなく、長い足で部屋の中に飛び込んだキュルケは、これまたいつものように部屋の中の物色を始める。 「おかしいわね。いないわね」 「なにやってるのよ、あなたは」 キュルケは部屋の中に興味を引くようなものがないのを確認し終えると、ベッドに腰掛けているルイズを見下ろした。 こういう時のキュルケの邪魔をしないのがいつもの流れになっている。 「今度の使い魔の品評会。あなたはどうするのかなー、と思って。見に来てあげたのよ」 「それで部屋の中を見回してどうするのよ」 「あなたが隠している男の子が来てないかなって思ったのよ。どこに隠れてるの?」 「隠れてないわよ」 当然だが、ユーノは足下にいる。 「それより、今度は別の男を連れ込んだの?」 「なんでよ」 「さっき中から男の声がしたじゃない。誰かいるんでしょ?随分太い声だったから、この前の男の子とは違うと思うんだけど」 「ああ、それならこれよ」 物色を再開しそうになるキュルケにルイズはデルフリンガーの鍔元にある口らしきものを見せてやる。 「んーー?」 キュルケは藪睨みになってデルフリンガーに目を近づけ、かなり悪い目つきで隅々まで観察を続けた。 「よ、よぉ。ねーちゃん。俺はデルフリンガーってんだ。よろしくな」 「きゃっ」 突然の声に驚いたキュルケが体を跳ねさせる。 片耳を押さえているのは、デルフリンガーのだみ声を間近で聞いてしまったからだろう。 「何よこれ、インテリジェンスソードじゃない」 「そうよ。あなた、きっとこれの声を聞いたんじゃない?」 「んーー」 キュルケが腕を組んで思い出そうとしているのをルイズはじっと見る。 今回は問題なくごまかしきれるはずだ。 さっきの叫び声はデルフリンガーのもので、ユーノの声ではないからだ。 「そういえばそうね」 ──よし。 ルイズは心の中で快哉を上げる。うまくいってる、と。 「で。あなた、もしかしてこんなものを買いに街まで行ってたの?」 「そうよ」 「おい、本人を前にこんなものはねえだろう」 デルフリンガーの抗議は無言で却下される。 ルイズにとってもインテリジェンスソードなんて物はユーノが使うのでもない限り、邪魔になるだけのこんなものだからだ。 「今度の品評会に使うには手頃でしょうけど。錆びてて安物だし」 「そうよ。安物よ」 「人を安物と言うんじゃねえ」 実は安物どころではなく拾いものだ。 「それで帰りにあの木の化け物と戦ったりしてたのね」 「そう……」 次に出てきそうになった「よ」の文字を飲み込む。 ──危ない危ない 思わず誘導尋問に引っかかるところだった。 「んなはずないでしょ。私だってあの時は逃げ回ってたのよ」 顔から溢れそうになる汗を抑えてキュルケの出方を待つ。 だが、伏兵は思わぬ所にいた。 「どうしたんだ。嬢ちゃん。えらく緊張してるみたいだぜ」 ルイズはデルフリンガーを床にたたきつけて、こっそり言ってやった。 「余計なことは言わないでよね」 「はい」 デルフリンガーにはルイズとユーノの事情はすでに話してある。 もし、ばらすようなことをすればラグドリアン湖の底に沈めるとも言ってある。 「なにしてんのよ」 「なんでもないわ」 「まあ、いいけど」 今の行動はかなり怪しかったかもしれないが、どうやらこれもうまくごまかせたようだ。 早く何とかして追い出さないといけないが、口実が見つからない。 「で、これを使ってユーノが何をするの?」 「え?」 「だから、これを使ってユーノが何かするんでしょ?」 「え、ええ」 ──しまった。 そのいい訳を考えていない。 貴族が剣を買うという不審な行動をしているのだから、何か考えておかなければならないのだが、まさかユーノが人間になって使います、とは言えない。 「この刃の上をユーノが歩くの?」 「そんな危ないことするわけないでしょ!」 「そう?私、蛇とかカタツムリを這わす芸を見たことがあるんだけど」 「そんなのがあるの?」 「あるわよ。昔、実家に来た旅芸人がしてたもの」 こういう変なことを知っているのは成金のツェルプストーならでわかもしれないが、そんなことはどうでもいい。 それよりもルイズはようやくキュルケを追い出す糸口を見つけた。 「ま、まあそんなとこだけど。これからユーノと品評会の練習をするの。だから、今日はもう出て行って」 「えー、いいじゃない。見せてよ」 「だーめ、本番までは秘密」 キュルケの背中を入り口まで押していく。 意外と素直に歩いてくれるのには助かった。 「あなたもフレイムとしっかり練習した方がいいわよ」 「だったら、私のも見せてあげるから。すごいのよ。フレイムの炎の芸術」 次の言葉がキュルケの口から出る前に部屋の外まで追い出した。 そこではフレイムがじっと待っていた。 「本番に見せてもらうわ。おやすみ。ミス・ツェルプストー」 音を立てて扉を閉める。その上、鍵を念入りにかける。 扉に耳をつけて、外の音を聞くことしばらく。遠ざかるキュルケの高笑いが聞こえた。 「ちょっと気になるけど、諦めてくれたみたいね」 ようやく落ち着けそうだ。 外に追い出されたキュルケは閉められた扉に耳をつけて、中の音を探った。 待つことしばし。何も音はしない。 きっと向こうも警戒しているのだろう。 今日の所は諦めて部屋に戻ることにした。 「それにしてもガードが堅いわよね」 本当は城下町で白いドレスを着たルイズを目にしたときに全部話させるはずだった。 それなのに、タバサがあれはリリカルイズというルイズとは別人だと言いはる。 そんなはずはないと思うのだが、タバサはついに譲らなかった。 そうなったら、キュルケは決定的な証拠を見つけるまで気がすまなくなった。 「リリカルイズ。その正体をきっと暴いてやるわよ。それからあの男の子を……うふふふふふふ」 怪しい笑い声が女子寮の廊下に響き渡っていった。 扉から向き直ったルイズがまず見たのは硬直しているユーノだった。 なにやら少し震えているようにも見える。 「どうしたの?」 「ね、ねえ。ルイズ。ほんとに僕、剣の上を歩かないといけないの?」 「そんなはずなんでしょ!」 ユーノはほっとしている。 ──もうちょっと信用してくれてもいいじゃない。 そんなことを思うがデルフリンガーに無体なことを言いまくった後ではしょうがない。 ルイズはそれには気づかず、ふくれてベッドに口をとがらせて座る。 デルフリンガーが少し気の毒になったユーノは今のうちに話題を変えてしまうことにした。 「品評会はどうするの?僕、芸はできないよ」 「そうね……」 それはルイズも気になっていることだ。 ユーノはいろんなところで、いい使い魔だと思う。 だけど、それは他人に見せられないようなものが多い。 「うーーん」 それでも何かしないといけない。 何より今度の品評会は特別だ。 絶対にいいところを見せなければならない。 「そうだ、僕が考古学のスピーチをやろうか?」 「す、スピーチ」 「うん、ここに来る前にジュエルシードを産んだ文明に関する論文の手伝いをしてたからそれならできるよ」 「ふーん」 ルイズは生返事を返す。 はっきり言ってルイズにはさっぱりわかっていない。 古代の遺跡をほじくり返す山師のようなことが何故学問になるのかさっぱり理解できない。 「うん、例えば……」 ユーノはそんなルイズに気づかず、久しぶりに専門分野を語る機会に巡り会えて楽しくなってきていた。 以下、ユーノの考古学講座が30分続きました。 「ゆ、ユーノ。待って」 「どうしたの?」 ルイズはベッドに仰向けになって倒れてしまった。 「それ、きっと誰も理解できないと思うからだめよ。それにユーノが言葉を話せるところはまだ誰にも知られない方がいいと思うの」 「あ、そうだったね」 再び2人は考え始める。 どうも、いい考えが浮かばない。 誰もが感嘆するようなこと。それでいてユーノの真価を知られない方法。 なにかいい方法がないか考え続ける。 そのうちなにやら変な音が聞こえてきた。くぐもったような、蛙の鳴き声のようなそんな音だ。 その音の元を探すとデルフリンガーだった。 「ZZZzzzzz」 寝ている。完全無欠に寝ていた。 鼻提灯まで出しているのは気のせいだろうか。 「あんたもなにか考えなさいっ」 ルイズは長剣を蹴っ飛ばし、倒れた所をげしげし踏みつける。 踏みつけて、踏みつけて、踏みつけまくる。 ユーノが止めるまでそれは延々続いた。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1329.html
「ミス・ロングビル、非常に言いにくいことなのじゃが……君はミス・ヴァリエールに利用されたかもしれん」 オールド・オスマンが机の上に小さな箱を置く、その中には小指の先ほどの石ころが、沢山詰まっていた。 ルイズの部屋から回収された『それ』は、元々は仮面の一部だったという。 オスマンが試しに血を一滴垂らしたところ『骨針』と呼ばれる針を飛び出させたが、その衝撃に耐えられず粉々に砕け散った。 『石仮面』と呼ばれるそれは、人間を吸血鬼へと変身させるそうだ。 リサリサは石仮面によって吸血鬼になった人間と、その吸血鬼を捕食する存在と戦い続けてきたらしい。 石仮面がルイズの部屋にあったという事は、ルイズは石仮面を被り吸血鬼になってしまった可能性が高い。 もしくは、何者かを呼び出して吸血鬼にされてしまったのか… どちらにせよ、ルイズはロングビルを目撃者に仕立て上げる事で、「ルイズは死んだ」と思わせたのだと言う。 「そんな突拍子もない話を言われても、俄には信じられません」 ロングビルが答えると、オスマンは疲れたようにため息をついてから、ロングビルに言った。 「ま、考えすぎならそれに超したことは無いがの。じゃが石仮面が現れたという事実は受け入れねばならん」 ここに来てロングビルは、石仮面というキーワードがどれだけ危険なのか認識した。 現在、ルイズは石仮面を名乗っているはずだ、オールド・オスマンの耳に石仮面の名が届けば、真っ先に吸血鬼だと疑うだろう。 オスマンの話を聞いて、ロングビルは心の中でルイズに毒づいた。 (あの娘ったら、石仮面なんて名乗るのはマズイわよ) 次に考えるべき事は、吸血鬼に対する対抗手段と、吸血鬼の能力をどの程度認識しているかを知ることだ。 ロングビルは、オールド・オスマンから可能な限り情報を引き出そうと、質問の内容を変える事にした。 「しかし、吸血鬼の討伐なら今までにもあったと思いますが、なぜ『石仮面』にだけ、神経質に?」 「………それはじゃな」 オールド・オスマンは机の引き出しから一冊の本を取り出す、それは、土くれのフーケが盗み出し、ロングビルが持ち帰った事になっている、あの本だった。 「ミス・ロングビル、この本の表紙が読めるかね?」 「いいえ、見たこともない文字ですわ」 「じゃろうな、この本に書かれた文字はシエスタの曾祖父の故郷の文字じゃ、ワシも全ては読めん、しかしいくつかの項目を抜粋する程度ならできる」 そう言ってオールド・オスマンは本を開く。 てきとうなページを見つけ、指でなぞりながらその部分を読んだ。 「ええと…”吸血鬼は自らの血液を用いることで白骨死体をも蘇生させ、グールとして使役する”」 「…白骨? 蘇生?」 ルイズの再生能力は見て知っているが、白骨をグールとして再生させると聞いて、ロングビルが驚く。 「他にもあるぞ。”ハルケギニアにおける吸血鬼と異なり先住の魔法を使うことはできないが、グールを際限なく作り出すことが可能である…”」 「さ、際限なく!?」 基本的にハルケギニアで吸血鬼と呼ばれる存在は、グールを一人一体しか持つことが出来ない。 牙を隠せばディティクト・マジックでも反応しないため、先住魔法とも違う能力ではないかと言われている。 そんな凶悪なものが、魔力とは関係なしに際限なく作り出せると言うのは尋常ではない。「ミス・ロングビル、肝心なのはここからじゃ、心して聞きなさい」 『波紋は、太陽の生み出すエネルギーと同一の波長を持ち、生命力そのものを司る。 しかしハルケギニアに於ける太陽光は、その波長が微弱であると考えられる。 石仮面により吸血鬼と化した者、ならびにグールは、太陽の元を堂々と歩き、人類を蹂躙する危険が…』 「…………」 ロングビルは、何も言えなかった。 ルイズが太陽光の下を堂々と歩けるのは、直接見て知っている、しかしグールまでもが日中堂々と活動し、しかもその数を無数に増やしていたら、途方もなく危険なことだ。 そうなれば、誰と会うにしても安心できなくなる。 何よりも疑心暗鬼による人間同士の戦乱に発展が勃発してしまうかもしれないのだから。 「…驚くのも無理はなかろ、ワシが危機感を持った理由を、分かってくれるかの?」 いつになく真剣な、どことなく疲れたような表情でオールド・オスマンが言う。 ロングビルは何も言えなかった。 ただ、ルイズが言っていた言葉を頭の中で反芻していた。 『人間から少し血を貰うかもしれないけれど、食屍鬼(グール)にはしない。奴隷なんて欲しくないし、人間とは仲良くしたいもの』 (信じて良いんでしょうね…本当に、本当に信じて良いんでしょうね…!) 「ミス・ロングビル」 「はっ、はい!」 「ミス・ヴァリエールが吸血鬼だというには、説得力に欠けるかもしれん。しかし万が一の可能性を考えて、今から対策を練らねばならんのじゃよ」 「………」 ロングビルは無言だった。 オスマンは、命の恩人が吸血鬼だったという説をロングビルに突きつけたのだ。 ショックを受けるのは仕方がないだろうと考えて、要点だけを説明することにした。 「君はワシに”土のライン”だと説明したが、実力は”トライアングル”じゃろう、家名を失った以上、実力を隠したいのも分かるが…波紋を効果的に活用するための”道具”を作りたい。そのために練金に長けた者が必要なんじゃ、分かってくれ」 トライアングルだと気づかれていたのは驚きだが、石仮面の話に比べれば、まだまだ些細なことだ。 「え…つ、つまり、ミス・シエスタに協力しろという事なのですか」 「その通りじゃ、表向きは『珍しい魔法の調査』で通してくれ。魔法が必要なときは彼女を手伝ってやって欲しいしのぉ」 ロングビルは顎に手を当てて、少しだけ考え込む素振りを見せた。 「…わかりました、私で役に立てるなら、やらせて頂きますわ」 「すまんの、本当に申し訳ない、君にとっても、シエスタにとっても、ヴァリエールは恩人じゃろうて。だが、その恩人がハルケギニアを危機に陥れかねんのじゃから…」 懐から杖を取り出したロングビルは、胸の前で杖を掲げた。 「もう、こんな形で誓うことは無いと思っていましたが…”杖にかけて”」 オールド・オスマンは、満足そうに頷いた。 タルブ村で昼食を取った三人は、日が沈む前に魔法学院に帰っていた。 「~♪」 「キュルケさん、すごく嬉しそうですね」 ワイン樽を抱きしめるように抱えて歩くキュルケは、鼻歌交じりでかなり機嫌のようだ。 タバサは考える。 キュルケが男の話をするときも、貴金属の話をするときも、サラマンダーを召喚した時も、あれほど楽しそうな姿は見せなかった。 つまり、今のキュルケの状態は一言で言うと… 「酔ってる」 「…やっぱり、そうですよね」 タルブ村で飲んだワインは極上とは言わないが、とても飲みやすく、そして軽い。 キュルケは昼間なのに何杯もお代わりし、このワインを買いたいと言い出した。 ベリッソンからプレゼントされた金貨300枚相当の指輪をシエスタの父に押しつけて、樽ごと酒を貰ってきたのだ。 タバサはキュルケに駆け寄ると、キュルケの代わりにレビテーションを唱えて樽を奪った。 そしてキュルケの手から杖を抜き取るが、キュルケはそれに気づいていない。 「泥酔……。介抱してくる」 レビテーションを唱え、タバサはキュルケと酒樽と部屋へと運んでいく。 「空を飛べるって、いいなあ」 シエスタは、メイジにとっては当然の技術を見て、心底羨ましそうに呟いた。 学院長室に行こうとしたシエスタは、廊下でミス・ロングビルとすれ違った。 「あ、ミス・ロングビル、ただいま戻りました」 「………あ、ミス・シエスタ、オールド・オスマンがお待ちですよ」 「はいっ」 ロングビルは、元気よく返事をしたシエスタの後ろ姿を見送った。 ふぅ、とため息をつく。 とりあえず『石仮面』という名前は危険だと、ルイズに忠告しなければならない。。 次に、シエスタがルイズを殺すために育てられようとしていると伝えなければならない。 でも、そんな残酷なことを、どうやって伝えればいいのだろう……… To Be Continued → 15< 目次
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2937.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 始めに見たのは暗闇だった。 ──もう、夜? と思ったが、まぶたを閉じているだけだとすぐに気づいた。 目をつぶったまま寝る前のことを思い出す。 品評会で暴走したジュエルシードの力を受けたゴーレムが出てきて、それからそのゴーレムとキュルケやタバサと協力して闘って、それからスターライトブレイカーを使って…… 「あっ!」 思い出して目を開ける。 自分のベッドの天蓋が、それから窓の外には青い空が見えた。 「ジュエルシード!」 まだ、それが残っていたはず。 スターライトブレイカーでジュエルシードを掴んだところまでは覚えているが、その後どうなったか思い出せない。 ルイズは体を起こそうとした。 でも体が動かない。 ふわふわのベッドに手と足が沈むが、どうしても体が持ち上がらない。 おまけに体のあちこちが痛む。 動こうとするたびに関節がギシギシ痛んで、体が動かない。 不安で痛みが増して、痛みが不安を増していた。 「ルイズ。起きたの?」 首を少し傾ける。 ユーノがベッド脇の机の上にいつものようにフェレットの姿で立っていた。 「ユーノ。ジュエルシードは?」 「ちゃんと封印できてるよ」 「そう。よかった」 最後に聞いたレイジングハートのメッセージは聞き間違いや幻聴ではなかった。 ルイズは少しほっとする。 「それから……」 「その前に。ルイズ!」 「は、はい」 ユーノの声が低くなっている。 いつもと違うユーノの様子に、ルイズはかしこまってしまった。 「あの魔法は何?」 「あの魔法ってジュエルシードを封印するときに使った魔法?」 「そう、それ」 「あれね。スターライトブレイカーって言うの。すごいでしょ」 あの魔法はすごかった。 きっとユーノもびっくりしているんだろう。なんてルイズは考えている。 「すごいじゃないよ!」 「そうよね。すごいなんて物じゃないわよね。周りにある魔力を集めて自分の魔法にするんだもの。えーと、なんて言うんだったかしら」 「集束魔法」 「そう、集束魔法よ。集束魔法。よくできたでしょ?」 「よくできたじゃないよ!」 突然、声を荒げるユーノ。 ルイズは後ずさろうとするが体はそんなに動かない。 かわりに芋虫のように毛布の中に潜り込む。 「ルイズは集束魔法がどういう魔法だかわかってるの?」 「だから……周りにある魔力を集めて自分の魔法にする……でしょ?」 「それだけじゃないよ。とても負担のかかる魔法なんだ!スターライトブレイカーを使った後そうなっちゃったんだよ。ルイズにはまだ早いんだ。だから、教えていなかったのに。いつの間にあんな魔法をプログラムにしたの?」 「それ、ね……先に作ってたんじゃないの」 「え?」 「あのときにね。そのー、使えるような気がして、やったら使えたの。あんなふうに」 「じゃあ、あの場で?」 「うん」 「即興で?」 「う、うん」 フェレットの目がまん丸になって、あごが落ちてしまっている。 開いた口がふさがっていない。 「あー、もー。感覚だけであんな魔法を……」 「うう」 「お願いだから、そんな危険なことはもうしないでよ」 ユーノは頭を抱えて体をよじっている。 次の言葉が続きそうにない。 普段は全然怒らないユーノがすごく怒っていた。 「少しは褒めてくれてもいいじゃない」 ルイズは毛布で顔を隠してつぶやいた。 静かに扉が開けられる。 水差しを持ってルイズの部屋に入ったシエスタはもぞもぞ動くルイズを見ると、廊下に顔を出した。 「みなさん。ミス・ヴァリエールが起きられましたよ」 遠慮なくぱたぱたと足音を立て、キュルケが駆け込んでくる。 その後でタバサが静かに入ってきた。 「あらルイズ。ようやく起きたのね。待ちくたびれたわ」 キュルケの背後でタバサがうなずく。 ルイズは頭までかぶった毛布から顔を出した。 「外でずっと待ってたみたいだったけど」 「そりゃそうよ。あなたが起きたら、ここで待ってなさいってアンリエッタ王女が言ってるんだもの。ご褒美もらえるみたいだし。ねえ、タバサ」 タバサは前半にはうなずくが、後半にはうなずかない。 「ひ、姫さまが?こんなみっともないところ見せられない!」 あわてて立とうとしても立てないルイズの両肩をキュルケとタバサが押さえつけける。 「何するのよ」 「その姫さまからのご命令。ルイズはベッドから起こさないように。無理はさせないように。ですって。だから、おとなしく寝て待ってなさい」 「そんな、こんな格好で!」 「あ、もう来たみたいよ」 「え?ちょっと待って!」 だが、誰も待たない。 ドアの向こうからの新たな足音がベッドのすぐ側まで駆け寄ってくる。 目に涙を溜めたアンリエッタ王女は、その立場も忘れて寝ているルイズにすがりついた。 「ああ。ルイズ。ルイズ。よかったわ。もう大丈夫?痛いところは?」 「あ、あの。姫さま、他の人も見てますから」 アンリエッタ王女は我に返る。 周りを見てキュルケとタバサ、それに扉の前で控えているシエスタを確認すると顔を赤らめて咳払いで取り繕おうとした。 あまり成功しているとは言い難かったが。 「伝えたいことがあります。ミス・ヴァリエールはそのままで聞いてください」 よく通る声。背筋を伸ばした美しい姿勢。 それは王女として見事な物であった。 が、さっきの取り乱し方を見ては台無しだ。 キュルケは笑いを口の中にため溜めて、膝をついて礼をとる。 タバサもキュルケに続いた。 「このたびの皆の働きは、すばらしい物でした。学院を襲った土くれのフーケの物と思われるゴーレムの撃退。盗まれた宝物の奪還。そして、私の身を守り通したこともありましたね。被害は出た物の、いずれも賞賛するにふさわしいことです」 「被害が……あったのですか」 「ええ。学院の宝物庫の破損。少数の負傷者。それから……学院長秘書のミス・ロングビルが行方不明になっています」 ロングビルとはあまり会話を交わさなかったが、ルイズ、それにキュルケも少し沈んでしまう。 アンリエッタ王女はその空気を振り払うように声を上げた。 「この働きに対し、私は皆に精霊勲章を与えようと思います」 「本当ですか?」 ルイズは寝たまま驚きの声を上げる。 まさか、こんな話になってるなんて思ってなかった。 「不満……ですか?そうかもしれません。ですが、シュバリエは従軍が条件となったのです」 「いえ、そんなことありません。不満だなんて」 「では皆さん。受けてくれますね」 ルイズは首をかくかく振る。 もう、嬉しいし、びっくりするし。 声が喉で詰まってしまう。 キュルケだって顔が崩れているくらいだ。 タバサはいつもと変わらないけど。 「それでは」 シエスタが扉を再び開ける。 すぐ外に控えていた騎士が4つの勲章をのせた赤いヴェロア張りの台を捧げ持ち、アンリエッタ王女の足下に歩み寄る。 アンリエッタ王女は勲章を一つずつ手に取りタバサ、キュルケ、そして立てないルイズの胸につけていく。 「ルイズ、本当によくやってくれましたね。でも驚いたわ。あなたがあんなゴーレムを倒してしまうような魔法を使えるようになってたなんて」 「あ、あの……それは」 どう言おうかルイズはうろたえる。 ここで言っていい物かどうか決心がつかない。 それよりもキュルケがいるのが一番の問題だ。 このヴァリエールの宿敵を前に言っていいことではない。 だが助けは予想はできたが、期待はしていなかったところから来た。 「あれはルイズじゃない」 さっきから表情一つ変えていないタバサだ。 「あれはリリカルイズ。ルイズじゃない」 「えぇ?」 今度はアンリエッタ王女が驚きの声を漏らす。 しばらくタバサを見つめ、それからキュルケを見る。 「ええ……まあ、そういうことみたいなんです」 続いてルイズを見る。 「はい……そうなんです」 ついでにフェレットのユーノを見る。ユーノは首を縦に何回もコクコク振る。 「わかりました。私の勘違いのようです。ですがルイズ。あなたが学院から盗まれた宝物を守ってくれたことにはかわりありません。それは、勲章に十分値します」 「そうなんですか?」 「そうよ。ルイズ。あなた、宝物の上で倒れたのよ。覚えてないの?」 ルイズには心当たりはない。 が、じっと見るタバサの視線を受けているうちにこの話に乗った方がいいように思えてきた。 「あ、はい。そうです」 アンリエッタ王女がルイズを見ていた。 胸が少し痛む。 ──ごめんなさい。いずれ…… アンリエッタ王女は最後の勲章を手に取り、部屋にいる皆に順番に見せていく。 「この勲章は、私を守った少年のメイジに与えるつもりのものでした。しかし彼はどこにもいません。見つけることはできなかったのです。ですから皆さん。もし、その少年、あるいはリリカルイズを見つけたら王宮まで来るように伝えてください」 アンリエッタ王女は最後の勲章を台の上に置き直した。 こうして略式ではあるが勲章の授与は終わった。 アンリエッタ王女はかなり無理して滞在を延ばしていたらしい。 ルイズに「くれぐれも体を大切にね」と言って部屋を辞した後、学校からアンリエッタ王女と王宮から来た騎士やメイド達はあっという間にいなくなってしまった。 さて、その夜に起きた事件を少し記そう。 まずはルイズの部屋。 「さー、勲章とご褒美をもらったお祝いよー」 盛り上がったキュルケがかなり高級なワインをまた一つ開けた。 グラスについだ後はぐびぐび水のように飲んでいる。 「あんたねー。病人の部屋で宴会はよしなさいよ」 「いいの。いいの。あなたも一緒なんだから。ねー、タバサ」 顔をキュルケの髪の色みたいに赤くしたタバサはひたすらシエスタが持ってきたつまみを食べている。 そのシエスタはと言うと扉の方ににじり寄り脱出のチャンスをうかがっていた。 「で、では私は次を持ってきますね」 「そうはいかないわよ」 逃げられない。キュルケに捕まってしまう。 「あなたも飲みなさい」 「わ、私平民ですから」 「いいの。いいの。関係ない。ほらほらほら」 「え?きゃ?うわー」 その後どうなったかルイズは覚えていない。 ユーノに聞いてみたが、顔を赤くして口をつぐむだけだったという。 もう一つ事件がある。 その夜、行方不明になったミス・ロングビルの捜索が行われていた。 ミス・シェヴルーズも捜索に加わっていた一人で、彼女は学院近くのゴーレムに焼き払われずに無事だった森が担当だった。 森はあまり大きな物ではないが、それでも捜索を終えるのには時間がかかる。 「ここにはいないようですね」 彼女が捜索を終える頃にはもうすっかり暗くなっていた。 なら、もうここにいても意味はない。学院に帰ろうとした頃である。 彼女の耳に声が響いてきた。 「痛いー……痛いー……」 「え?」 誰もいなかったはずだ。だが確かに声が聞こえてきた。 ミス・シェヴルーズがその声をたどっていくと、一軒の小屋があった。 この小屋はすでに捜索したはずである。そのときは学院の生徒の使い魔の竜がいるだけで誰もいなかった。 「痛いー……痛いー」 また聞こえる。 「誰かいるのですか」 小屋の中をのぞいてみたが、やはり人間は誰もいない。他からもしれないと小屋から離れた。すると 「痛いー……痛いー」 聞こえる。声が。 でも、このあたりには誰もいない。小屋の中にもだ。 「ま、まさか!」 ミス・シェヴルーズはある可能性に気づく。 ──まさか、あの声は! ミス・シェヴルーズはその可能性の意味するところに恐怖する。 「きゃああああああああああああああ」 そして彼女は走った。走って、走って、走った。 恐ろしい物から逃げるために走った。 さて、次の日のことである。 教室ではある噂が立っていた。 「ねえ、ねえ。タバサ。聞いた?」 タバサは首をかしげる。 教室に着いたばかりのタバサはまだなにも聞いていない。 「ミス・シェヴルーズがね。見たんだって」 「なにを?」 「幽霊よ。ミス・ロングビルの幽霊!」 タバサは微動だにせず、じっとキュルケを見る。 「興味あるみたいね。昨日の夜にミス・シェヴルーズが森の中に入ったら聞こえてきたんですって。痛い、痛いって。きっとミス・ロングビルがあの事件で……」 タバサは動かない。山のごとしである。まばたきすらしない。 「ミス・シェヴルーズも呪いで寝込んでいるって言うし。ちょっと怖いわね。あれ、タバサどうしたの?」 キュルケは手を伸ばし、タバサの肩をぽんと叩く。 するとタバサはそのまま倒れてしまった。立ったまま、わずかも動かずに。 「きゃーー。タバサ?タバサ?この子、目を開けたまま気絶してるわ?どうしたのよーーっ」 この後、ミス・ロングビルの幽霊は呪いをかける幽霊として末永く学院に語り継がれることになる。 そうそう、一つ忘れていた。 話は前後するが、ミス・シェヴルーズが森から逃げ出した後のことである。 森の小屋の中では、風韻竜がこんなことを言っていた。 「きゅぅううーーん。きゅぅうううーーん。痛いのー、痛いのー。お尻が痛いのー。とっても痛いのー。お姉様のばかーー」 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1714.html
アルビオンの首都ロンディニウムにほど近い、工廠の街ロサイス。 数時間前に、神聖アルビオン帝国空軍の旗艦である『レキシントン』の艤装作業が完了し、食料などの搬入作業も終わろうとしている。 町はずれには、作業員達が憩いの場にしている酒場があったが、今は閑古鳥なのか客は誰もいない。 太陽がそろそろ傾き始める頃、店主がため息をついた。 「こりゃあ、困ったなあ…大赤字だ」 木製のカウンターの裏には、大きな酒樽がいくつも並んでいる。 『レキシントン』をはじめとする戦艦の艤装が始まり、街が活気づくと予想した店主が大枚を叩いてかき集めた酒だ。 ところが、ロサイスで働く技師や商人の足がぱったりと途絶えてしまった。 一仕事を終えて、懐の暖まった連中を相手に酒を振る舞おうと思っていたが、夜になっても客足はまばらだった。 なじみの客もなぜか来なくなり、店主は買い付けた酒の買掛金をどう工面しようとか途方に暮れていた。 「あの…」 店主はカウンターに肘を突いていたが、突然聞こえてきた声に驚き、バッと顔を上げた。 お客が来たかと思い声の主を捜し、店内を見渡す。 「あの、こっち」 店主が声のした方を見ると、そこにはカウンターとに頭が隠れてしまう程小さい少女が立っていた。 赤茶色の頭髪を紐で纏め、右肩から前に垂らしており、顔立ちはその年頃の少女とは思えないほど整っている。 身体には茶色のローブを纏っており、決して裕福には見えない。 「なんだい嬢ちゃん、ここは子供の来る所じゃないぞ」 「ひとをさがしてるの」 「なんだ、人捜しか…」 「おとうさんが、なにかあったら、ロサイスではたらいてるおじをたずねろって」 店主は少女の話から、戦災孤児か何かだと判断した。 「ロサイスで働いてる叔父ねえ…悪いけどなあ、この店にゃ今、ロサイスで働いてる奴らは来ないのさ」 赤毛の少女が首をかしげる。 「どうして?ここはさかばじゃないの?」 「そりゃあ、そうなんだが……何の仕事をしてるのか聞いてないのかい」 「うーんと……くんせいのお肉とか、やさいとかを、ふねにはこぶんだって」 「くんせい?すると、保存食か。ロサイス北通りに、赤い煉瓦のデカイ建物がある、そこが船に食肉を卸してるはずさ、そこを訪ねな」 店主はそう言いながら、カウンターの裏から小さな乾し肉の包みを渡した。 「これ、なあに?」 「干し肉さ、一切れだけやるよ。探し人が見つかったら、包み紙に書いてある酒場をよく宣伝しておけよ」 「ありがとう、おじさん。これお礼ね!」 少女がカウンターの上に小さな巾着袋を置くと、走って酒場を出て行ってしまった。 「戦災孤児かねえ、ああ畜生、人のこと心配してる場合じゃねえってのに……」 ふぅ、とため息をつきながら、カウンターの上に置かれた巾着袋を持ち上げる。 思ったよりもずっしりと思いそれは、ジャラリと、魅力的な音を響かせた。 「……金か?どうせはした金…いや、それにしちゃ重すぎる」 恐る恐る袋を開けると、そこには金色に輝く新金貨が五枚も入っていた。 「ちょ、え、なんだ、こんな大金!?」 袋を握りしめて外に出る、キョロキョロと辺りを見回したが、既に少女の姿は見つからなかった。 試しに自分の頬をつねってみたが、当たり前のように痛かった。 「夢じゃねえかなあ」 それでもなお、掌の仲にある重さには、現実味を感じられなかった。 ふと、近くの路地から少女と同じ色のローブを着た人物を見つけた。 だが、背中に大剣を背負っていたので、関係はなさそうだと思い、店主は酒場の中へと戻っていってしまった。 『いやー、それにしても子供のフリがうまいね』 「褒めてるの?けなしてるの?」 路地から出てきた女性は、背中に負った大剣と喋りながら、裏通りをてくてくと歩いていた。 「ここで働いてるのは、サウスゴータから連れてこられた人間と、操られている技師が主でしょうね」 『どいつもこいつも陰気な面してやがるのはそのせいか』 「酒場は閑古鳥よ、操られていたら酒を飲む気も起こらないんでしょうね」 『武器屋の店主がよ、仕事が終わった後の酒ってのは格別だと言ってたな』 「そうねえ……私も酒じゃ酔えないけど、時々飲みたくなるわ」 『へえ、吸血鬼に酒の味がわかるのかい?』 「クセって奴よ、そう、人間の時のクセね」 ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世と、トリステイン王女、アンリエッタの結婚式まであと九日。 結婚式はゲルマニアの首府、ヴィンドボナで行われる予定ではあるが、それに先んじてアルビオンからトリステインへの親善訪問が行われる。 当初、トリステイン側は親善訪問を結婚式の三日前にしようとしていた。 だが、アルビオン側からの強い要請により、予定を一週間近く繰り上げるハメになってしまった。 ラ・ロシェールまでルイズに随行したアニエスが、宮殿に戻り早々そのことを知らされ、顔を青くしたらしい。 マザリーニ枢機卿も、これが罠であることを重々承知していた。 そもそも神聖アルビオン帝国などという大仰な名前を付けれる連中だ、頂点に立つのは元司祭のクロムウェル。 枢機卿という立場上、マザリーニは信仰の力の恐ろしさも、その利用法も熟知している。 いや、知りすぎているがために、不可侵条約を結んだアルビオン帝国の訪問を止められなかったのだ。 トリステインは決して強い国ではない、メイジの数で競うならば、はるかに国土の広いガリアに匹敵するほどの数が居るが、国力は非常に弱いのだ。 アルビオンには強大なが空軍がある。 ガリアにはガーゴイル生産技術がある。 ゲルマニアには優れた工業技術がある。 トリステインには、とりたてて何か優れた物があるわけではない。 メイジとして優れた者が多くとも、それらが政治力、統治力を兼ね備えているとは言い難いのだ。 あるとすれば貴族の過剰なプライドであろうか。 増長したプライドが、他人を見下させ、想像力を欠如させる。 神聖アルビオン帝国が、卑怯な手段を用いて大義名分を作り出すことは想像に難くない。 しかしそれを、危機感として感じている貴族が、トリステインにどれだけ居ることだろうか。 トリステインの政治家達は、自身を奮い起こす大義名分がなければ動けないほど、保身に凝り固まっているのだ。 マザリーニは一人、執務室の窓から空を見上げ、ルイズの身を案じた。 夜のうちに、ロサイスの街を見ておこうとしたルイズだったが、日没後に現れた沢山の警備兵達を見て、それを取りやめた。 この街で働いている人間のほとんどは、アンドバリの指輪によって操られた人間達らしく、異常なほど規則正しい生活をしている。 女子供の例外もなく、日没と同時に休息を取り、日の出と同時に働き始めているのだ。 夜の街を歩いているのは警備兵だけ、ルイズの姿を見られたら間違いなく怪しまれるだろう。 ルイズは、人通りが多くなる時間まで休息を取ろうとして、適当な家屋に侵入した。 侵入した家屋には、一組の夫婦と、10才ほどの男の子が住んでいたが、ルイズのことを気にした様子もなく、機械的に日常を送っていた。 機械的に食事を取り、機械的に身体を洗い、機械的に床に就く。 ルイズはふと、吸血鬼ではなく透明人間になっていたら、こんな気分なのだろうかと考えた。 翌朝、盛大に朝寝坊したルイズは、昼近くなってやっと行動を開始した。 昨日酒場で聞いた「赤煉瓦の建物」を探そうと、操られた人間達に混じって街道を歩く。 ルイズは赤煉瓦の建物を発見したが、そそくさとその前を通り過ぎた。 中と外、両方に番兵が立っているのが見えたのだ。 視線だけ動かして周囲を観察しつつ、街を歩く。 ほとんどの人は目がうつろで、無言。 正気を保っている人間はほとんど見かけられない。 おそらく、洗脳した人間をかき集めて、仕事をさせていたのだろう。 普段なら噂話にでも興じるような、ランプ油を売る店にも人はいない。 多少、荒っぽい手段に出ようかと思ったところで、通りの先から馬車が走ってくるのが見えた。 道の脇に寄って馬車を見送る、黒く塗られた箱形の馬車は、よく見ると馬車アルビオン空軍の紋章が描かれている。 眼で馬車を追うと、先ほど通り過ぎた赤い煉瓦の建物の前で馬車が止まるのが見えた。 同時に、赤煉瓦の建物の中から髪の毛をカールさせた恰幅の良い男が出てきた。 その男は上質な絹の服を着ており、年齢は四十代ほどに見える。 それを見たルイズは笑みをこぼした。 「…あいつから話を聞きましょ」 『どうやってさ』 「”忘却”と、私の髪の毛を使って記憶を操作するわ、少しぐらいなら質問に答えてくれるでしょ」 『先住魔法で操られてる相手に”忘却”は効かないぜ』 「それは大丈夫よ、あいつ、笑ってたわ。賄賂でも貰ってきたんじゃない?」 『よく見てるなあ』 「まあね。 裏路地から先回りするわよ、竜騎兵が飛んでたら教えて」 『あいよ』 ルイズは裏路地を駆けながら、ティファニアの詠唱していたルーンを思い出す。 一度聞いただけなのに、まるで脳にこびりついたかのように、ルーンが記憶されていた。 腕の中に仕込んだ杖を右手に持ち、馬車の先へと回り込む。 周囲に、操られている人間しかいないのが幸いした。 ザザ、と足を滑らせながら、馬車の前に突如現れたルイズは、馬車を引く御者と馬車全体に向けて”忘却”の魔法をぶつけたのだ。 ぐにゃりと空間が歪み、馬車を包む。 馬車を引く馬がキョトンとして足を止め、御者もまたきょろきょろと辺りを見回した。 それを見て、ルイズは御者の膝を軽く叩き、注意を自分に向けさせる。 「あなたは街の外周をゆっくり回れと命令された、いいわね?」 「え?ああ、そうだったかなあ……」 ぼうっとした様子だが、御者は馬の扱いまでは忘れていないのか、手綱を軽く揺らして馬を歩かせる。 ローブを脱ぎ、馬車の扉を開けて中を見ると、そこには先ほど見かけた恰幅のよい男が座っていた。 ルイズはその男にローブをかぶせて視界を塞ぎつつ、自身の髪の毛を引き抜いた。 髪の毛はしゅるしゅると、まるで触手のように蠢き、太い針のようなものを作り上げる。 一見すると植物の種子にも見えるそれを、男の額にずぶりと突き刺す。 すると、もこもこと音を立てて触手が頭に張り付き、大脳へと侵入していった。 髪の毛を打ち込まれ、男は身体をがたがたと震わせていたが、しばらくすると動きを止めた。 「さあ、質問に答えて頂戴。あなたの所属は?」 「わ、わたしは、わたしは、神聖アルビオン帝国空軍の兵站支援部門……」 兵站(補給・整備・輸送・衛生)を担当する部署の者だと知り、ルイズは、してやったりと思った。 この男は、革命戦争前から戦艦に積み込む食料の運搬や検査を任されていたそうだ。 だが、多額の賄賂を受け取っていた上、軍備予算の着服がバレそうになり、レコン・キスタに鞍替えしたらしい。 「質問よ、トリステインへの『親善訪問』について」 「し、親善訪問は、親善訪問だ、としか、聞かされてない」 「上層部からの命令で腑に落ちないことはなかった?」 「あった」 「それを答えなさい」 「しょ、食料を積み込まなかったのが、2隻ある、食料の代わりに火薬と脱出廷を多く積んだ」 火薬と聞いて、ルイズの表情から笑みが消えた。 「……デルフ、当たりよ。こいつら、トリステイン側から攻撃されたという名目で船を自沈させるつもりだわ」 『だろうね』 「クロムウェルが虚無を使うというのは本当?」 「クロムウエル様は、死者を蘇らせるが、それが虚無なのか解らない。蘇らせるところを見たわけではないのだ」 「最期の質問よ、レキシントンの出航はいつ?」 「今朝、日の出と同時に、既に出航した…」 「!」 ルイズの眼が驚愕に見開かれた。 『こりゃヤバいんでねーの』 「…やられたわ、デルフ、すぐ出発しましょう」 ルイズは男を荒縄で縛り上げ、猿ぐつわを噛ませると、額に打ち込んだ自身の髪の毛を引き抜いた。 ローブを身に纏いつつ、馬車の扉を開け外に飛び出す。 ルイズは街の外で待機させている吸血馬の元へと急いだ。 「……もご、むご!?む…」 猿ぐつわを噛まされ、喋ることのできなくなった男は、翌日の朝になって御者が正気に戻るまで、馬車の中に閉じこめられていたという。 街道に出たルイズは、スカボローの港へと急いでいた。 吸血馬で堂々と街道を走ると、その姿を見た度との何人かはルイズを指さして驚愕の視線を向ける。 おそらく、石仮面……いや、鉄仮面の名がそれなりに広まっているのだろう。 ルイズはフードを深く被りなおし、デルフリンガーの重さを確かめた。 『嬢ちゃん、どうする気だい、港から出る船じゃあの戦艦には追いつかねえと思うぜ』 「スカボローの港には警備用の竜騎兵かグリフォンがいるはずよ、それを奪うわ」 吸血馬が走る。 ド ド ド ド ド ド ド ド ドと、地響きのような足音を響かせ、土煙を上げながら走る。 「止まれ!止まれーっ!」 途中、騎馬兵がルイズを止めようとするが、吸血馬はそれを無視して走る。 スカボローの港が遠目で見えてきた頃、直径1メイルはある火の玉が吸血馬の進行方向に落ちた。 ボンッ、と音を立てて火球が地面に衝突し、炎が飛び散る。 吸血馬はそれを難なく飛び越えると、その強靱な足で地面を踏みしめ急停止した。 ルイズが上空を見ると、竜騎兵が二騎、ルイズに向けて杖を構えているのが見えた。 一つは上空20メイルほどの高さに、もう一つは50メイルほどの高さに浮いている。 ルイズの口元に、笑みが浮かんだ。 低空を飛ぶ竜騎兵の杖から、『フレイム・ボール』と思わしき火球が生まれ、ルイズめがけて放たれ。 高い位置にいる竜騎兵からは魔力の尾を引いた『マジック・ミサイル』が放たれた。 「飛べ!」 ルイズが叫ぶ。 「GOAAAAAAAAAAAAAAA!!!」 吸血馬がそれに呼応し、竜のような咆吼を上げた。 ドォン、と音を立て、吸血馬とルイズが炎に包まれる。 それを見て、二人の竜騎兵は笑っていた。 『フレイム・ボール』と『マジック・ミサイル』を食らい、跡形もなく吹き飛んだだろうと思ったのだ。 この二人は、ニューカッスル城から脱出したという『鉄仮面』の噂を知っていたが、ただの噂だろうとタカをくくっていた。 だからこそ笑っていられたのだ。 だが、炎を突き破り、高さ60メイル以上にまで飛翔した吸血馬とルイズを見て、二人は笑うのを止めた。 http //www.hp.infoseek.co.jp/v/b/l/vblave/cgi-bin/source/up0412.jpg 竜騎兵は、我が目を疑った。 馬が、竜を『見下して』いたのだ。 その馬はまるでワイバーンのように、頬が裂けるほど口を開いて、竜騎兵を飲み込んだ。 吸血馬は空中で竜を踏みつぶし、たてがみを伸ばして、竜と同化していった。 もう一人の、低空を飛ぶ竜騎兵は、その異常な光景に目を奪われていた。 馬が竜を食らい、地面へと落ちる。 あまりにも常軌を逸しているその光景に、身が震えた。 「ぐっ」 不意に、竜騎兵の身体を、熱い何かが貫いた。 吸血馬から飛び降りたルイズが、デルフリンガーを使い、上空から竜騎兵を貫いたのだ。 竜騎兵はそのまま落下し、地面へと縫いつけられた。 「BUGOAAAAAA……」 竜と同化した吸血馬が、ぐちゃぐちゃになった足を引きずりながら、ルイズへと近寄る。 「これも食べなさい」 仕留めた竜をルイズが指さす、すると吸血馬は竜に跨り、その肉体を吸収し始めた。 ルイズは辺りを見回す。 よく見ると街道の向こうでは、何人かの旅人らしき人がルイズを見て腰を抜かしていた。 ルイズは杖を取り出し、詠唱を開始した。 「ナウシド・イサ・エイワーズ……」 可能な限り広い範囲をイメージする。 二匹の竜と一体化し、巨大になった吸血馬は、翼を器用に動かしてルイズを掴み、背中に乗せた。 ぶわさっ、と、ひときわ盛大に羽を打って、吸血馬が空へと舞い上がる。 「ベルカナ・マン・ラグー…………」 ルイズは吸血馬の背から、地面に向けて忘却の魔法を放った。 ぐにゃりと景色が歪み、街道を歩く人、ルイズと竜騎兵の姿を見て腰を抜かしている人達を包み込む。 ルイズは『吸血馬』『ルイズ』『竜騎兵』の記憶を奪ったのだ。 「………あ、う…」 『おい、大丈夫かよ』 吸血馬の背に膝を付いたルイズを見て、デルフリンガーが心配そうに声をかけた。 吸血馬もまた、背に乗るルイズを心配して、羽の動きを弱める。 「だ、だいじょうぶ、よ。少し休めば…大丈夫…」 『そんな大規模の”忘却”を使ったんだ、疲れもピークに来てるはずだ』 「悔しいけど…その通りよ……」 ルイズは自身の肩を抱き、ハァハァと苦しそうに呼吸していた。 すると、竜の鱗の隙間から、吸血馬のたてがみがしゅるしゅると伸びて、ルイズの身体を包み込んでいった。 「何?」 『寝てろ、って言いたいんだろ』 「そっか……デルフ、アルビオンの戦艦が見えたら起こして」 『俺が起こすまでもねえ、こいつは、おめえの意志をよく汲み取ってるさ』 ルイズが周囲を見渡す。 いつの間にかスカボローの港を通り越し、吸血竜は雲海へと突入しようとしていた。 ルイズのまぶたが閉じられる。 戦争は決して避けられない。 せめて戦争までの残り数時間、願わくば、魔法学院でのひとときを夢に見たい。 そうだ、私は笑顔が見たいのだ。 魔法が使えないと言われ、ゼロといわれバカにされ続けた私が本当に欲しかったのは、皆の賞賛を浴びることでも魔法が使えるようになることでもない。 ただ、笑い合いたかった。 雲海の中を飛翔する吸血竜は、ルイズの瞳から涙が溢れたのを感じた。 たてがみを伸ばして、そっと涙をぬぐう。 四枚の翼を持った異形の竜が、おおおおんと鳴いて、翼をはためかせた。 To Be Continued→ 戻る 目次へ